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第11話

 いつもなら朝まっすぐに起こしにくるはずのイーリが来ないどころか、誰も起こしに来なかったので朝に弱いエウレは見事に寝過ごした。下町には術士ギルドの他にも様々なギルドが軒を連ねており、始業と終業の時刻をお互いに話し合って決めている。その始業の音楽が鳴り始めてエウレは飛び起きたわけだ。 「イーリにご飯やってなかった……!」  始業の時間に遅れるとマスターのシヴィに怒られること、昨日の夜――混乱していたところをかつての後輩・フィーデスに抱きしめられてしまったこと。色々頭の中を過ぎっていくが、あえてそれらは口にすることもなく急いで下に降りていくと、階段を下りてすぐ傍にあるテーブルでイーリが好物の干し肉をフィーデスの手から食べているところに遭遇した。イーリは暢気で穏やかなイメージがあるがその実、警戒心が強くご飯はエウレの手からしか食べたことがない。昨日の夜のようにエウレが気を失った時などは我慢することもあるくらいだ。 「エウレ! もう起きても大丈夫なのか?」  兄弟子のハヴァッドに声をかけられても、すぐに反応することができないくらいにエウレは驚いていた。その視線の先にいたフィーデスはイーリが最後の干し肉を美味しそうに頬張るのを見てからようやくいつもの無表情でエウレたちを見上げてくる。 「イーリのやつもマスターと一緒で結局は顔なのかね~。オレには噛みついてくるくせにさ」  テーブルから転がるように降りると、イーリはせっせとエウレのところに駆け寄る。キューキュー鳴くのを抱き上げると、調子が戻ったエウレに安心したかのように顔を摺り寄せてくる。  体に持つ異形のせいで彼らは『魔獣』と呼ばれているが、彼らは護霊庁やこの国が何よりも大切にしている精霊に存在が近いのではと魔獣についての研究を続けているエウレは考えていた。  ――俺はこの身が裂かれたとしても、絶対に貴方のことを裏切ったりなどしない――。  昨夜のことは混乱していて細部は覚えていないが、フィーデスのその言葉だけはハッキリと脳裏に残っている。エウレが学院を追われる要因となったのは己がキマイラであることが学院の上層部に知られたためであったが、それは唯一エウレの秘密を偶然ながら知ったフィーデスのせいだと考えていた。だが、簡単に嘘を言うような人間に、精霊に近いとエウレが考えている魔獣が懐くものだろうか。あの時の熱さはもうないのに、フィーデスにじっと見られると気恥ずかしいような気がしてエウレは自分の分の朝食を用意すると離れたところに座った。 「あら、お寝坊さんはやっと起きたの? さーて、それじゃ昨日のことを教えてもらいましょうか」  マスターは今日も目に痛い色の服を羽織り、笑顔でエウレの前に座る。術士ギルドは所属している人数も非常に少ないので、ギルドそのものが彼らの家のようになっている。入口に近い、今エウレが座っているあたりは一応来客が来てもいいように整えてあるが、そこからダイニングやらキッチンやらが丸見えで二階はエウレと兄弟子のハヴァッド、三階はマスターであるシヴィの持ち部屋となっている。  来客などめったに来ることはなく、閑古鳥が楽し気に踊りながら歌を歌っているせいか、魔獣たちも来客用の――エウレが食事を取り始めたテーブルに集まると窓から差し込む陽射しのもとで暢気に日向ぼっこを始めた。

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