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第12話

「その報告は私からさせて頂きます。昨日、魔獣たちが察した通りここから森側に続く道の途中で人と牛一頭が何者かに襲われた形跡を見つけました。駆け付けた時には人も牛も絶命。血を辿りながら森の方へと駆け付けたところで異形の者と遭遇しました。人のような頭、手足をしていましたが肌は崩れていてウロコのようなものに覆われている部分があり、口は人のものよりも前に突き出していて鋭い牙が生えていることも見て確認しています。その正体が何なのか、護霊庁にも相談と報告をしましたが……」 「どうせ新種の魔獣が現れたんじゃないかとかワーワー言われて終わったんだろ」  具がたくさん挟み込まれたサンドイッチからハムをつまみ上げると上向きにぺろりと食べてからエウレが口をはさむ。「行儀が悪い」とすぐにマスターが諭してきたが、まるで昨日の光景を見てきたかのような指摘にフィーデスは頷き返した。 「彼らは新しい脅威を何よりも恐れていますから。不本意ではありますが、『夜の世界』の干渉を匂わせてみました。事件が解決していない以上、警備は今まで以上に手厚くなるとは思いますが……あれの正体が何なのかは、我々で突き止めるしか方法がないかもしれません」 「不本意なの? 『夜の世界』のせいにしておけば楽じゃないか」  淹れたてのフルーツティーをフィーデスの前に置きながら兄弟子のハヴァッドが不思議そうに聞いてきた。フィーデスは「いいえ」と即座に否定する。 「確かに現在はほとんどお互いに干渉することもない『夜の世界』のせいにすればとても楽です。もしかしたら本当にあれは『夜の世界』に関係する何かなのかもしれませんが、そうやって楽な方に考えて真実から遠ざかるのは良いことと思えません。明るい陽光の下では活動できないと言われているのですから、我々が見たあの異形が『夜の世界』の住人であるとも考えにくい。私とエウレさんが見たものと、前回までの事件の犯人とが同一かどうかすら分からない訳ですから」  真面目だねえ、と感心したように腕を組んだハヴァッドの隣に来たマスターはしかし、いつになく真剣な表情でフィーデスを見やった。 「人間が言うところの魔獣でも夜の住人でも野生動物でもないのなら、話は面倒ね。昨日襲われた方の検死はいつなの? この際だからワタシも立ち会うわ! そろそろ本腰入れないとね」  勢いよく口に含んでいたものを噴き出しかけたエウレが慌てて飲み込みながら食器を片づけ終えると、マスターが座っている側へと回り隣に立った。 「マスター、あんたが行ったら話が余計ややこしくなるだろ!? まずあんたの説明から始めなきゃいけない」 「そんなことないわよお。『いつもうちのエウレちゃんがお世話になってます~』って役所の担当の方とかに一通りご挨拶すればいいんでしょ? 貴方が何度検死に立ち会っても毎回護霊官に負けているようじゃ、永遠に解決しないわよ」  言い負かされて黙り込んだエウレに向けて、恐ろしいほどに美しい笑みを浮かべたマスターも立ち上がると圧倒的な体格差をもってエウレの両頬をしっかりと手のひらで固定する。そのまま濃厚な口づけをたっぷりと時間をかけてすると、フリーズしたままのエウレをその場に置いて「とりあえずお出かけの準備ね~」と鼻歌を歌いながら自分の部屋へと下がってしまった。 「驚かせちゃってごめんね、フィーデス君。これもまあ、うちの日常なもんで。愛情表現っていうか、一応教育というか……ね? 起きている時のエウレの方が隙だらけなんだよな~」 「……はあ。検死は今日の午後から始まる予定です。私も同行します」  すぐにいつも通りに戻ったフィーデスだったが、ようやく呪縛から解けたらしいエウレが涙目で兄弟子とフィーデスを睨みつけてくるのに気づいた。 「ハヴァッドもフィーデスも、なんで俺のことを助けないんだ!!」 「なんでって……かわいいから? あのくらいされないとお前、大人しくならないじゃん。親方と一緒なら心強いし、なんならお前の外見もあーだのこーだの言われたりしないと思うぜ。みーんな親方に目がいっちゃうからさ……あう!」  ガブリとイーリが兄弟子の足の指に噛みついた。

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