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第13話

「フィーデスもいちいちマスターたちの前で俺のことをサン付けして呼ぶの、やめろよ。気持ち悪い。別にみんなの前でも呼び捨てで構わない」  鼻歌を歌いながら大きな日傘を差して前を行くマスターに聞かれないように小声でエウレが文句を言った。昨日襲われたばかりの被害者の検死はいつもどおり役所で行われることになり、そこへ向かう途中だ。下町を統括する場である役所は区域別にいくつか分かれているが、こういった検死なども行われるのはギルドも管轄する役所で行われると決まっている。 「分かりました、気を付けます。……ところで、マスターはエウレのことがとても大切なようですね」 「さっきのことをからかいたいなら、もっと直球で言えよ。先生……マスターは俺の反応を見て面白がってるだけなんだ」  むっとしたように返してきたものの、口調は昨日までよりもずっと柔らかいように思えてフィーデスは目を瞠った。十年近く前なら、こういう風に会話できていたことを思い出す。 「そういうつもりはなかったのですが、からかっているように聞こえたのなら謝ります。――あの方が、貴方の先生なのですか?」  どんどんと突き進んでいくマスターの背を見ながらフィーデスが問いかけると、小さなため息が最初に返ってきた。 「そうだよ。行くところもなくて、弱って死にそうになっていたイーリに何もできずに蹲っていた俺をあの人が拾ってくれたんだ。先生……マスターって呼べっていつも怒られるんだけどさ、先生はすごい。精霊術なんてものを超えているんだ。でも、偉ぶるのには疲れたとか言って、今はあんなちっぽけな術士ギルドで十分だとか言っててさ……変態だけど」  変態、というところでうんざりとしたエウレの声に思わずフィーデスは吹き出してしまった。なるべく制服を着ている間は表情は崩さないように気を付けているつもりなのだが、マスターの愛情はすべて裏返しとなってエウレに届いてしまっている。  だが、昨夜見たマスター……シヴィの鋭い眼差しは、師弟の愛情から来るものとは違うように思えた。 「……貴方が元気そうで良かった」 「は? どうせこの間会うまで忘れていたんだろうが」  これ以上は余計なことを言ってしまいそうで、無難な会話に切り替えると呆れたようにエウレがすかさず返してくる。実力で入庁したとはいえ、いまだに実家のことを嘲笑う声があちこちの蔭から聞こえてくるような場所にいるフィーデスにとって、どこまでもストレートなエウレの傍は驚くほど心地よい。もちろん、まだエウレがフィーデスのことを疑っている気配はしているが、それでも。 (忘れたことなど、一度たりともない)  そう言ったらどういう表情をするのだろうか。すぐに引かれてしまうだろうか。  役所までの緩い上り坂はフィーデスを感情のある個人に戻すには十分な距離が続いた。

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