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第14話

「おお、我らがエースのフィーデスくんだ! そちらが協力者の術士ギルドの皆様かな?」  役所に入ってすぐに騒がしい声に迎えられ、エウレはすぐにうんざりとなるのを隠さなかった。相手はフィーデスと同じ、白銀の長衣という護霊官の制服を着ており、その首には護霊官であることを表す首飾りがかけられている。その隣にももう一人護霊官がいたが、そちらは黙って頭を下げるだけで口を開くそぶりは見せない。 「んん? 待てよ、そこにいるのは……王立学院始まって以来の天才と呼ばれた……エウレ・トローヴァじゃないか!」   フィーデスの同僚護霊官は役所に響き渡るくらいの大きな声でそう叫ぶと、エウレに一気に近づいた。 「トルト、貴方がこの方を知っているとしても、いきなり会ってさすがにそれは失礼ですから」  どうやらフィーデスの同僚護霊官はエウレと抱擁、もしくは握手を交わしたかったようだがさりげなく間に入ったフィーデスに阻まれて「ごめんごめん」と笑いながら頭をかく。その見た目は愛らしいというか少女めいた風貌で、エウレよりも小柄だ。しかし思ったよりも低い声に髪も短く、護霊官は男性ばかりであることを考えると男なのだろう。 「あらーっ、こんなカワイ子ちゃんもいるのね」  黄色い声でフィーデスのさらに前、トルトの目の前に立ちはだかったマスターはまるで巨大な岩山のようだ。  突然目の前で始まった茶番のようなシーンにエウレが所在なげに立っていると、その背をぽんぽんと遠慮がちに触れてくる手があった。振り返ると、葬儀屋の新人だと言っていた若い女性が緊張した面持ちで立っている。 「あの、エウレさん……いつもお疲れ様です。今日もよろしくお願いします」 「そちらこそ。いつも大変だと思うけど、今日もよろしく頼む」  いつもならここに来るだけで――護霊官たちは最初から魔獣たちのせいだと決めつけてかかるのが分かっているから――苛立ってしまって自分以外のものは何も見えていなかったのだが、今日はなぜか冷静に周囲を見ることができているような気がする。お互いに頭を下げたところで女性は役所の職員にも声をかけに場を離れていったが、それを見送ってから目の前に立っている背の高いかつての後輩を見やる。 「み、皆さん、ご歓談中恐れ入りますが、そろそろ……」  申し訳なさそうに話に入ってきた役所の職員によって、彼らの謎の対立は解散させられた。  今日はマスターのシヴィが立ち会うことになり、異形のものに襲われた被害者と間違いがないことだけをフィーデスと共に確認させられただけでエウレは外で待つように言われた。血に弱いことがフィーデスにもばれてしまったからだろうな、とは思うものの正直ほっとするものを感じる。  たとえその遺骸を見る瞬間まで縁のなかった赤の他人であっても、生きるべきだった命を本人の意思に関係なく終わらせられてしまったことを思うと、心に悔しさや悲しさといった感情がないまぜになるからだ。いつもはそれを苛立ちに変えることでなんとかやり過ごしてきたが、こうやって苛立つ対象もないとただ茫然と空を見るくらいしかなくなってしまう。きっと、今シヴィたちによって検死されている被害者も牛を飼いながらせっせと働いて――もしかしたら家族を養っていたのかもしれない。護霊庁が絡む検死となると家族は一切立ち会うことができないのもかなしい。 「あ、エウレさん。先ほどは失礼しました」  青い顔でエウレの隣に来たのは護霊官のトルトとかいう青年だ。ふー、と息を吐きだしながら汗をぬぐった青年は肩をさらに小さく窄めて落ち込んだように視線を地面へと向ける。ここは役所の中庭部分で、職員たちの休憩時などに活用されているスペースなのだが、今は休憩時間などではないので彼らのほかに人影はない。 「……実は僕、護霊官なのにお恥ずかしいのですが昔から血にとても弱くて……。血を見ると力を失いそうになってしまうというか」 「俺も一緒。さっきのハイテンションは自分を鼓舞するためだったんだな」  三人掛けのベンチで、お互い両端に座る。顔に両手をあてたトルトのつぶやきにエウレも苦笑しながら返した。見た目からしてまだ新任なのだろうし、もともと血が苦手だというのなら昨日の被害者の遺骸はなかなかのインパクトを彼に与えただろう。フィーデスはあの通り無表情な男なので、内心何を考えているかは分からないがトルトは分かりやすい男のように思う。

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