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第15話

「そう冷静に言われるとすごく恥ずかしいね。でも、あなたに会えて嬉しかったのは本当。フィーデスがすごい嬉しそうで。あの子、エウレさんのことが大好きでしょ? いつも無愛想なところしか見たことないのに、いきなりあんなムキになっちゃって。僕はフィーデスのルームメイトだったから、嫌でも分かっちゃうんだなあ」 「あんたもフィーデスのことが好きなのか?」  不思議そうに尋ねたエウレに、護霊官は目を丸くしたが少し首をかしげて、「そうだね」と答えた。この国が崇める精霊はどちらの性にも属さないと言われているため、男性同士でも女性同士でも好きあうことについては咎められることも罰せられることもないが、それはあくまで護霊官や王城の周囲、『精霊』に従事する者たちに広く浸透している考え方なのであって、エウレたち庶民にはやはり驚きの感覚でもある。シヴィの過激なスキンシップのせいで同性同士でもそういう愛情表現があることは分かっているものの、他の学生たちのように豊かな環境で恋愛を営んだ経験が一切ないエウレには目の前の青年がそれこそ異形のものに見えた。  そして、相手がフィーデスが好きだと言ったことがやけに自分の心に突き刺さるような感覚にとらわれてあまり気持ちがよくない。別にあの後輩のことを特別扱いしたいとか、そういった気持ちを抱いたことはなかったはずなのだが。そもそも、隣に座るこの青年は何と言ったのだろうか。 「あいつが俺を好きとかは、ないだろう。今はあくまで事件を解決するために止むを得ず組んでいるだけだ」 「え? でも……フィーのやつ、上に酔いつぶされた時に貴方の話をしていましたよ。名前までは教えてくれなかったけど『俺のアクィアだ』って。さっきあなたを見て、ピンときちゃいましたよ」  思わず手に持っていたカップを取り落としたことにも、エウレはしばらく気づけなかった。  ――もし、『アクィア』というキーワードを疑問に抱く者が、その時いたとしたら? あの男があちこちにそれを垂れ流していたとしたら――そして、そのうちの誰かがエウレが抱える秘密を暴こうと学院の上部に話を上げたのだとしたら。  だが、怒りがわいてくることはなかった。  それはつまり、故意にあの男がエウレのことを学院の上部に売ったわけではない可能性を示唆しているからだ。  自分が心の中で、あの男――フィーデスの潔白を信じたがっていたのか、ということに気づいてエウレは唖然となったが、安堵もしていた。 「俺を化け物だって言うやつばかりなのに、あいつも大概見る目がないよな。……頑張れよ、トルトは可愛い顔をしているから、きっと大丈夫だ」 「そんな……エウレさんは化け物なんかじゃないでしょう」  慌てたように言い募ったトルトの肩を励ますように軽く叩いてエウレは立ち上がる――そして、どこからかまた腐臭がするのを嗅ぎ取った。  緊急事態を告げるけたたましい鐘の音に役所の職員たちが逃げ惑う。  ご丁寧に入り口から現れたのは、昨日エウレとフィーデスが取り逃がした異形のものだった。何かを探すように這いつくばりながら少しずつエウレたちのところへと近づいてくる。 「みんな、とにかく鍵のかかる場所へ! 検死を行っている連中には出てくるなって伝えてくれ!」  もしかしたら昨日の遺骸を――まるで、自分のえさを奪われた熊のように――探しに来た可能性がある。昨日の失敗を繰り返さないためにエウレは人々の誘導を行いながら、どこかへと進もうとしている異形のものとの距離を慎重にとっていく。  狭い廊下の奥にある、検死が行われている部屋の前に異形のものがたどり着いたところで、エウレは術を発動させた。昨日と同様、まずは水を使う。異形のものはエウレに向かって鋭い牙をむき出しにするとやはり水の刃を落としにかかったが、広大な森と違ってここは狭い廊下だ。跳ね返って突き刺さる無数の滴の針に異形のものは悲鳴を上げた。火炎をここで起こすのはさすがに危険と判じると、最初に土で相手を動けなくしてから、異形のものに傷をつけることに前回成功した風の刃を思いっきり叩きつける。  ぎゃあああああ、と人のような、だがやはり化け物としか言えないような声を上げて風に切り裂かれた異形のものはとうとう床の上に倒れ伏したが、そこに黒い穴が現れたかと思うと一瞬で異形のものの姿を隠してしまった。まるでそこには何もなかったかのように――だが、廊下の壁にはエウレが放った攻撃の痕はしっかりと残して。

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