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第17話
「先輩?」
ふとフィーデスが目を覚ましてすぐに飛び込んできたのは己が横になっている寝台に顔を突っ伏すようにしているエウレだった。まるで全身が雨で濡れた時のように髪の色が薄水色に変化しており、両腕にもあの不思議な紋様が浮かび上がっている。そして、自身はあの異形からの攻撃を受けたところまでは覚えていたが、今まで記憶がないところから考えるとどうやら気を失っていたらしい。
念のためエウレを起こさないように気をつけながら己にかけられていた上掛けをめくって確認したが、刃のようなもので貫通したはずの体のどこにも傷一つ見当たらなかった。
(まさか、完全に治したというのか)
確かに精霊の力を借りた術の中には治癒の方法もいくつかあり、護霊庁の中にもそれらを得意とする者たちが多くいる。しかし、攻撃を操るその手で回復も行えるなんてことを知っていたら、かつてエウレを化け物と呼び追い出したらしい学院の上層部もおそらくそんなことはしなかっただろう。疲れ切ったようで静かに寝息を立てているエウレの、薄水色へと変化した髪へとそっと触れてみる。いつか触れてみたいと思っていたその髪は、猫っ毛なのか細く柔らかな感触がした。だが、触れたのがよくなかったのかエウレを起こしてしまったらしい。
「……フィー、目が覚めたのか」
「おかげさまで、もうどこも痛くありません」
気だるげに寝台に突っ伏したまま話しかけてくるエウレに返事をすると、「良かった」と微笑を返してくる。その表情には、いつも感じられる壁や拒絶のようなものが一切なくて、あまりの愛しさにフィーデスは返す言葉を失いそうになった。
「お前、いくらなんでも無茶しすぎ。あんなの、護霊官らしくないだろ」
「俺には、先輩以上に守りたいものなど、ありませんから」
まるで感情まで癒されたかのようにはっきりとしている。
眠そうにぼやいていたエウレにそう言い返すと、ようやく彼の目がぱちくりと大きく瞬いた。慌てたように動き出そうとして、失敗して――崩れかけた体を抱き上げると、寝台の上に引きずり込んで抱き込む。押し倒された格好になってもエウレは混乱しているのか、言葉を発せずにいる。
「俺は、この世界に貴方だけがいてくれたら……それでいいんだ」
「おい、フィーデス……!」
どけろ、と言外に聞こえたがそれを無視してフィーデスは深くエウレに口づけた。エウレの動揺をそのまま現したかのようなたどたどしい舌の動きを追いかけ、自分よりわずかに年上の青年の体に触れる。くっきりと出た鎖骨のあたりに執着の痕を残そうとしたところで、エウレの上から強い腕の力で押しのけられるように、フィーデスは唐突に起きた強い風を受けた。
「エウレ」
「俺に、触るな……!」
力まで使った強い拒絶に呆然となるフィーデスの視界に映りこんだのは、今まで見たこともないくらい弱々しく震える肩を抱きながらこちらを怯えたように拒絶するエウレの姿だった。フィーデスは己の最大の過ちに気づいたが、時すでに遅かった。
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