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第20話

 ギルドに戻ってすぐ、役所に呼ばれていることを知らされたエウレは理由もほどほどに聞き流して急いで役所へと向かった。ギルドは組織としては役所と連携しているが、実質は護霊庁の配下におかれているようなものなので訪問や連絡も彼らの都合で一方的なことが多い。  しかし役所と護霊庁の間であれば縦割り上は別な組織になるので、お互いにちゃんと連絡を取り合うことができるはずだ。それを利用すれば護霊庁を通してフィーデスと会話することができるのではないかと考えた。呼び出せる理由も一つだけある。以前の異形のものが出現した時に落としていった護霊官のものだという首飾りだ。それを口実にすればフィーデスに会えるようなつもりでいた。   役所についてすぐ通されたのは、いつもと同じ検死を行う部屋ではなく中庭だった。 「エウレさん、お呼び立てしてしまってすみません。術士ギルドの新しい担当になった護霊官の同僚に聞いたら、貴方がお出かけされていると聞いたので、今日は無理かなと思ったのだけど会えて良かった」 「……フィーデスになにかあったのか?」  慌てたような様子のトルトに、思わずそう返したエウレだったがトルトはきょとんとした顔になってからすぐに苦笑を浮かべた。 「僕がエウレさんにお会いしたかったのは、貴方がこの間拾った護霊官の物らしい首飾りを返して頂きたくて。あれは専任の術士に見せたら誰が落としていったのか分かるという話だから」  エウレはフィーデスと会うための口実にしようと持っていた首飾りを渋々と相手に手渡す。ここで返さなければ何かを仕組んでいるなどといったあらぬ疑いをかけられそうだからだ。 「はい、確かに受け取りました。護霊官ではフィーデスしかその魔獣を見ていないんですよね。自分やもう一人が駆け付ける前には消えていたので。護霊庁が血眼になって見つけた魔獣数頭が犯人だろうとしたのですが、フィーデスが魔獣たちのせいではないと言い出したので護霊庁の中が今大騒ぎです。フィーデスは謹慎中。フィーデスを助けるのを手伝っていただけませんか? 犯人である魔獣を目撃していて、術士ギルドの高名な術士である貴方の話なら、我々の上の人間たちも聞いてくれるかもしれない」 「まるでフィーデスとその魔獣たちを人質に取っているかのようだな」  助けを乞うように言いながらも、要は捕らわれた本物の魔獣のどれかを犯人と言えと言っているのだ。そうすれば護霊庁の上の人間たちも安心できるから。 「……分かった。どうすればいい」  腕を組み、投げやりに答えたエウレにトルトは無言のまま長いまつげをそっと伏せた。  準備の良いことに護霊庁に入るために衣服を用意されていた。庶民が好んで着るような服とは一線を画す、護霊官の長衣の制服だ。羽織ってみると余裕のあるつくりのせいか思ったよりも暑くは感じないが自分が自分でなくなったような感じにもなる。 「あと、こちらは気配を消す効果のある護霊具です。貴方の気は強いですから、それなりに力を持つ護霊官には分かってしまう」 「堂々と行くんだか、こそこそと行くんだか、どっちなんだよ」  トルトが役所まで乗ってきたらしい馬車に乗り込んだところでエウレが口を開くと、またトルトが苦笑して見せた。文句は言いながらも、トルトから手渡されたブレスレットは両手にはめておく。細く綺麗な緑色の宝石があしらわれたもので、一見ただの装飾品にしか見えない。細い割にはやけに重く感じる。 「我慢してください、さすがに護霊庁の中で庶民の恰好では目立ってしまいますから。……貴方だって、ちゃんと学院を卒業していたら今頃はその制服を着ていたはずですよね。良かったじゃないですか、憧れの制服を着られて」 「……ずいぶんな皮肉だな。お前、この間から性格が変わっていないか?」  紫の瞳で鋭く睨むと、トルトはにこりと笑い返す。 「それ、よく言われます。だからみんなに嫌がられちゃうんですよね~」  最後はささやくような声で聞き取りにくく、聞き返すのも馬鹿らしくてエウレは馬車から見える景色に意識を移した。貧乏な少人数の下町ギルドに属しているので、移動で馬を借りることはあっても馬車に乗ることなど滅多にない。それも、乗り合い馬車ではなく護霊庁の立派な馬車に。普段は小さく見える王城がどんどんと近づいてくるのを眺めていた。

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