21 / 39

第21話

 護霊庁は大きな建物群となっている。それぞれの部署で棟が分かれており、普段エウレが役所で検死の際に会う研究所から来ている護霊官とフィーデスたちのようにギルドを所管する護霊官はまたそれぞれ所属が違うらしい。トルトやフィーデスたちが所属するという棟の扉に入っても、すれ違う者たちは特段エウレたちを気にすることはないようだった。 「扉は別々ですが、中はお互いを行き来するゲートもあります」  案内されながら歩いても、下町と違いどこも同じような造りにしか見えず、自分がどこを歩いているのかすぐ分からなくなりそうだ。 「フィー! いたいた」    いきなりトルトが明るい声を出し、エウレは驚いて立ち止まる。トルトの話では謹慎中だとかで、どこにも出られないということではなかっただろうか。だが、確かにエウレたちの前にはちょうど廊下の向こうからフィーデスがいろいろと書類を持って現れたところだった。フィーデスはトルトたちを見て、最初は怪訝そうな顔をしたがトルトの後ろにエウレがいることに気づいて目を見開いた。そのまま書類の束をトルトに押し付けると、エウレの体を自分の方に無理やり寄せると慌てて周囲を見回した。 「トルト! なんでここに先輩がいるんです……!」 「フィーに会いたいってしょんぼりしていたから、口車に乗せてお連れしたんですー。あと、僕がエウレさんとデートしたかったから。馬車デートだよ、うらやましいでしょ。あと、例の痕跡を見てもらうため。僕たちだけじゃ、もう解決できないところまで来ていると思わないかい?」  エウレたちの前ではめったに大きく感情を動かさないフィーデスの慌てようにエウレはめずらしいものを見た気持ちになる。トルトの言うことも意味不明だったが、そのまま肩を抱き寄せられたまま近くにあった部屋へと入るとフィーデスが脱力するのが分かった。 「貴方がこんなところに来たらどうなるか分かっているでしょう!?」  それからすぐに戸惑いと怒りをあらわにしたようなフィーデスに両肩を掴まれてエウレがあっけに取られたようになる。 「ふふん、ダイジョーブ! 辺境警備隊からくすねてきたこのアイテムの数々! 護霊官に成りすますために徹底してみたからさ。エウレさんの強い気を抑えるための護身具まで作らせたしね」  貴方は少し黙っていてください、とすぐに返されてトルトは肩を竦めた。 「ここに貴方が乗り込んできた、ということは俺が書いた手紙は読んでもらえていないということですね。術士ギルドの担当を臨時でお願いした護霊官に託したのですが」 「手紙? ……そんなもん、マスターから何も聞いていない」  いかにも邪魔だという雰囲気をかもしだされてはちゃんと話し合おうと思っていたエウレの気持ちも折れてしまう。むっとした顔で言い返すとフィーデスの嘆息だけが返ってきた。 「まあまあ、そんな剣呑にならないで、お二人さん。フィーデスはねえ、魔獣事件の犯人捜しをするためにちょっと術士ギルドの担当を休むことにしたんだ。ほら、さっき僕がエウレさんから預かったこの首飾りがあるでしょ。担当者に今、これが誰のものだったか調べてもらっているんだけど――今回の事件には確実に護霊官が絡んでいると考えている。それが犯人なのか、それとも被害者なのかまでははっきりと分からないけれど」  かわいい顔で割って入ってきたトルトにフィーデスがぐっとなる。どうやら同僚であるのに彼らの関係は全くの対等というわけではないようだ。 「相変わらず仕事が早いですね、トルト。でも長官のあなたもこんなに出張っていて大丈夫ですか? まだ魔獣事件に護霊官が絡んでいることを他の幹部連中に知られては……」  「ほんっと空気読めない子だね、フィーデス。そんな簡単に僕の正体をばらさないで欲しかったなあ!!」  長官、とフィーデスがトルトを呼んだ。それは分かっても、エウレはただ黙って彼らのやり取りを見ているしか方法がない。漫才のような二人のやり取りを一通り見終えてから腕を組んだエウレは彼ら二人を見やった。 「……で? トルト、あんたはフィーデスのルームメイトで同期とか以前言ってなかったか」 「俺のルームメイト? この人が、ですか? そんなわけありませんよ、この人は女性で、しかも俺より十歳以上年上――」  最後まで言い終えることなく、トルトの華奢な体から思いっきり肘鉄を食らってフィーデスが黙り込んだ。声が低めで髪も少年かと思うくらい短いのでフィーデスとルームメイトと言われても後輩なのでは、とまで思っていたのに、見かけと年齢は必ずしも比例しないことをこの年にしてエウレは学んだ。

ともだちにシェアしよう!