22 / 39

第22話

「フィーデスは勝手に人の歳をばらそうとするし、ひどい部下だな。ごめんね、エウレさん。改めてこんにちは、フィーデスの上司でギルドの管理を一任されているギルド管理部門の担当・トルトです。フィーデスから君のことはちょくちょく聞いていたから、どうしても直接お会いしたかったのだよ。フィーデスの『アクィア』に」 「トルト……!!」  顔を赤くしたフィーデスが動揺しながら声を大きくしたが、すでにトルトから同じセリフを聞かされているエウレも、なぜか気恥ずかしくなって視線を逸らした。   「まあ、フィーデスのルームメイトっていうのがいるのはホントだけどね。ほら、この間フィーデスが異形に腹をやられた日に、僕と一緒に役所に来ていた背の高い無口なやつがいたでしょう」  確かにこれといった特徴のない護霊官がいたのを思い出す。 「彼はね、通常の生徒たちよりも長い年月を勉強に費やしていて、フィーデスとは六歳くらい離れているんじゃなかったかな。認定を受けて護霊庁に入ったからフィーデスより序列が上なんだよ。君とフィーデスがセットで歩いたら目立っちゃうと思ってあとはその子に案内を頼むことにしてあるから。無口だけどなかなか優秀な子なんだよ、これがまた」  トルトは軽快な口調で話し終えると踵を返し、自分より背の高いフィーデスの背を思いっきり叩いた……が、すぐに「あ、そうだ」と慌てたようにエウレを振り返る。 「そういえば、さっき僕、貴方に失礼なことを言ってしまいましたね。あれは申し訳ないが貴方を試したんだ。護霊庁に招くのに一応簡単なテストのつもりだったのと、可愛い部下のことが心配で。ごめんね」  情報量が多くてエウレもすぐにそれが何のことを言っているのか分からなかったが、トルトは小声で「ほら、制服の話」とささやいた。エウレが忘れかけていたことならそのまま忘れさせてしまえばよいのに、軽いように見えて存外律儀な人間なのかもしれない。 「今までフィーデスからの話でしか貴方のこと知らなかったけれど。前に中庭で話した時といい、可愛いよねえ……今度ギルドマスターにフィーデスと交換してくれないか相談してみようかな」 「そんなこと言ったら、うちのマスターが鼻血出しながら了承してしまうのでやめてください」  げんなりとなったエウレにトルトは屈託なく笑って見せると片手をひらひらとしながら部屋から出て行った。 「いつもはもっと落ち着いている人なんですが……すみません。あの、トルトが『アクィア』と貴方のことを呼んだのは、彼女が貴方の姿を知っているからではなくて……」 「フィーデスが謝る必要、ないだろう。あの人なりに謝ってくれたし。……あと、この間は悪かった。お前のことを拒絶したかったわけじゃないんだ」  嵐のように去っていった上司に振り回されたフィーデスは疲れたようにエウレに話しかけたが、ついでのように謝ってきたエウレの表情を見て、それを話したかったのかと気づいた。淡々とした口調を装っているのに、視線は逸らしたまま、言いにくそうにしているので意外と分かりやすいのだ。 「十年前――俺のあの変な特異体質のことがばれた日、学院の上の連中に呼ばれて学院長の部屋へと連れていかれた。そこでいきなり水をかけられて――お前は化け物なんだろうって、からだも散々いじられて……」  エウレがこの間フィーデスを拒絶した理由を話し始めたのに、フィーデスは何も言葉を発することはできない。だが、もうこれ以上エウレの口から辛いことを言わせたくなくて、何も言わなくていいというように首を左右に振るとようやくエウレもフィーデスを見てきた。 「……無理やり突っ込まれているのに、体は反応してさ。俺はどうしようもない化け物なんだってその時思って――だから、怖かったんだ。お前に呆れられたり、軽蔑されたりるするのが。……おい、泣いているのか?」 「泣いていません……が、感情が爆発しそうです。どうして俺は、その時貴方を救えなかったんだろう。貴方に手を触れたり、罵倒した学院の上層部の人間たちに一人残らず制裁を加えてやりたい」  酷い暴力を受けてもそこから立ち上がって、何事もなかったかのようにずっと強いまま振舞ってきた青年の独白にフィーデスの本音がどんどんと零れ落ちていった。泣いているわけではないのに、勝手にこみあげてきた熱いものが頬を滑り落ちていく。あっけに取られたようにそれを見ていたエウレだったが、やがて苦笑を浮かべた。 「お前さ、最初会った時もそんな顔していたよな。泣きべそかいてた」 「もうとっくに、あの時のことなんて貴方は忘れていると思っていたのに。そんなところばかり思い出さなくていいです、あの時も泣いたりとかはしていないですから!」  はいはい、と穏やかに笑いながらエウレが返してくる。あの時からお互いの視線の高さも立場も変わってしまったが、ようやくお互いの中にあったわだかまりのようなものがゆっくりと溶けだしていくのを感じる。恐る恐るといったように抱きしめてきたエウレの唇を奪うと、体を震わせたもののそのままフィーデスに応え続けた。 「エウレ――」 「言っておくけど、俺の方が先輩だからな!」  長い口づけの後、よく分からない牽制をしてきたエウレが可愛らしく思えてフィーデスが笑うと、エウレは顔を赤くしながら青みがかった美しい紫の瞳で睨み上げてくる。  もう一言二言、フィーデスに文句を言おうとエウレが口を開こうとしたその時。  扉が小さく打ち鳴らされた。 「トルト長官から案内役を指示されました」   言葉少なに扉から姿を見せたのは、確かに先日役所でトルトと一緒に検死に来ていた護霊官だった。彼を見たときに一瞬違和感を覚えたが何に違和感を覚えたのかが分からずエウレは首を捻った――が、その違和感の正体はフィーデスによって明かされる。 「アッチェ、いくら庁内だからとはいえ首飾りは必ずつけろといつも長官に言われていますよ」 「……すまない、部屋を行き来するだけだから置いてきてしまった」  フィーデスの指摘で、アッチェと呼ばれた護霊官の首には何もかかっていないことに気づく。宝石自体はそれぞれみな小さいので目立たないからつけていなくても一見は分かりにくいのだが、白銀という護霊官の制服の上では色のあるそれらが意外と目立つ。かつてのルームメイトとはいえ年上であるからか、フィーデスが敬語のまま話しかけると、アッチェは申し訳なさそうに頭をかきながらその大きな図体を軽く曲げた。  術士ギルドのマスターであるシヴィも術士とは思えないくらいに立派な体躯をしているのだが、こちらの青年もなかなか鍛えているような体つきをしている。 「んなもん、どうせただのお飾りだろ? それより、お前たちの上司が俺に見せたいって思っている”痕跡”とやらを早く見せてくれ。見た後、一旦ギルドに戻ってマスターたちに相談をしてみようと思う」  お飾り、という言葉にアッチェは驚いたような顔をした。それからほっとしたような顔になったので、どうやら良い意味で捉えたらしい。 「アッチェ、今回の件は私も担当しているから何かあったらすぐ私を呼んでほしい。先輩も、帰る前に一度私のところに顔を出してくださいね。帰りは私が送っていきますから」 「何もトルトと張り合うことはないだろう。いちいちフィーデスがどこにいるかなんて探すのも大変そうだから、用事がすんだらとっとと帰る。服とかは事件が解決するまで借りておくからな」  二人の会話にアッチェがおろおろとしていたが、エウレがさっさと廊下に出ると慌ててエウレについていく。アッチェはとにかく体躯が良くて術具などの開発などには非常に優秀なのだが気は小さく、常に大人しくトルトに付き従っているイメージばかりがある。 「フィーデス、長官がお呼びだぞ」  彼らの後をついていこうか悩んだフィーデスだったが、トルトの呼び出しには抗えず彼らが消えていった方を振り返りながら長官の職務室へと足を運ぶのだった。

ともだちにシェアしよう!