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第23話

 造りが似通った施設の中ではあるが、どうやら奥へと向かっているらしいことは分かった。何度か扉をくぐっていくとすれ違う人間もだんだんと少なくなっていく。そして資料庫らしい並びの部屋が続く棟に着くと、そのうちの一つにアッチェが入った。 「この部屋の奥に収容されています。事件の経過をまとめた資料もありますよ」  アッチェの様子に変わりはなかったが、エウレは部屋に一歩踏み入れた瞬間に全身の身の毛がよだつような感覚にとらわれた。僅かではあるが、血の匂いがする。思わず逃げを打とうとするとさっと動いたアッチェがエウレの行く先を遮るように動く。 「でも、本当にあなたにお見せしたいのはここではないのです。ご移動をお願いしますよ――”水色のキマイラ”」  それは、学院の上層部の人間たちがエウレに勝手につけたあだ名だった。驚きで目を見開いたエウレの注意が散漫になったのを見計らったように、エウレが立っていた周囲が一気に黒く変色しぽかりとした穴が開いた。 「ようやく――ようやく”本物”を捕らえたぞ!」  アッチェはそう吠えたかと思うとその姿が一気に崩れ落ちていき――エウレは黒い穴に飲み込まれながらそれを見ていた。 *** 「何か用事ですか、トルト」  長官の事務室に呼び出されたフィーデスだったが、先ほどまでと大きく異なるトルトの雰囲気に背をただす。大きな椅子に小さく収まりながらトルトがつまらなそうに眺めているのは、エウレから回収した今回の魔獣事件に絡んでいる護霊官の者と思われる首飾りだ。 「ああ、早かったね。……エウレくんは?」 「エウレならアッチェが連れて行きました。エウレは術士ギルドの一員として魔獣事件の被害者の検死に立ち会っています。その彼に何度も亡骸を見せるのは……」  そうだね、と深いため息をつきながらトルトが同意した。 「ねえ、フィーデス。僕は先日エウレくんと話しているうちに多大な興味がわいて、あれ程に能力がある人間が学院を追放された理由を、僕なりに調査した。……彼は、キマイラだと思われていて、そのことを君は知っている……違うかな? 君だけは、彼のことを『アクィア』だとたとえていた」 「……それは、先輩の顔が綺麗で……実家に飾ってあった絵のアクィアに似ていたからです」  はいはい、それは何回も聞いたよ、とトルトが呆れたようにフィーデスを見やるが、その調子では恐らくフィーデスが知らないところまで調べたのだろう。フィーデスの上司は可愛い外見からその苛烈な性格を知らない人間には侮られがちだが、実際のところは冷徹で自分に必要となればあらゆる手段を使って手に入れるところもある。普段とのギャップというか、二面性のある女性だがそうでもなければこの若さで長官にはなれなかったかもしれない。 「僕はこの国で生まれたけど、あちこちに留学していてね。他の者に言ったことはないけれど一番長くいたのが『黄昏の国』なんだ。名前くらいは知っているでしょ? 夜の世界と昼の世界の狭間と言われる国で、恐らく昼の世界の国では唯一、夜の世界と交流がある。そこにはキマイラと呼ばれる先祖で魔族の血が混じった者もいたが――彼らは、姿を変えられない。最初から”あるべき姿”でいるんだ。でもエウレくんはそうじゃない――まるで、彼のことを誰かが隠そうとしているかのようだ」  黄昏の国は知識としてフィーデスも当然知ってはいるが、それはおとぎ話の一種としてだ。まさか実在する国だとは思わず驚いていると、トルトは予想通りの反応を得られたからか小さく笑った。

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