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第28話

「……どうして、こんなことを」 「うわっ、やっとそれ聞いてくれたね! 簡単に言えば昼の世界をボクのものにして、この世界の王さまになろうかなって。まさか精霊がこの世にまた生まれているとは思わなかったんだけど……『あいつ』に蹴とばされてきて弱っていたところに、やけに妄執のつよーい人間……あ、こいつね、と出会って取りついた。驚いたよ、こいつは精霊を過去に見ていた。四大精霊なんて本当ならこんなところにいるはずがないところで守られているはずなのに、幸運だった。どうやったら精霊とお近づきになれるのか考えたんだけどねえ、正義感が強いだろう精霊に、『精霊』をぶつけてみることにしたんだ。ずっとこっそり実験していた彼らに、『精霊』の作り方を教えたら喜んで護霊官たちを犠牲にし始めたんだ。護霊官の数は減るし、ボクは精霊を手に入れてハッピー・エンド」  イーリのボロボロの姿にフィーデスも視界が歪みそうになったが、それ以上に青年の体の中で駆け巡ったのは怒りだった。いつものフィーデスなら、相手をもっと分析して勝てる戦をする。そういうやり方でなければ、生き残れなかったからだ。  エウレが術を使うときの様子をイメージする。部屋の中に満ちている水の力を感じながら即座に細かく長い、無数の針に形を変えて思いっきり相手に叩きつけるとそこから「ギャッ」と一際大きな悲鳴が上がった。攻撃をする力を持たないはずの護霊官――それに攻撃されるとは、つゆほども考えていないからこその油断だ。体に無数の針を受けてハリネズミのようになった魔族は、痛みに我を忘れて叫び続け、そして黒い穴を作って逃げていった。 「エウレ、目を覚まして」  黒い穴を使って逃げていった魔族を捕まえることより、今は涙を流し続けるエウレをどうにかしたくてフィーデスはエウレの冷たい両頬へと手をさし伸ばした。そして口づけた時――イーリの鳴き声が微かにしたかと思うと、強い力でフィーデスの意識がまるで深い眠りに引きずられたかのように一気に落ちていった。 「――ここは」  強い何かの力に意識を引きずり込まれたと思ったが、次に目を開けた瞬間には青い空が広がる景色の中にいた。綺麗に整えられた庭は見覚えがある――学院の中庭だ。だがフィーデス以外に人はいないようで、迷いながらも歩き出した。恐らくこの世界はエウレの意識の中――なぜかその確信だけはある。  初めてエウレのあの姿を見た東屋を通り過ぎ、中庭から出て学院の裏門側へと出た。  そこはかつて、入学したての頃に遠い親戚でもある同級生たちに教科書を隠されて嘲笑われて――心が折れたフィーデスが一人で泣きそうになっていた、あの場所だ。 「いた」  薄水色の髪の持ち主は泣いているようで膝に顔を埋めている。ようやく見つけられたことに安堵しながら駆け寄ったフィーデスだったが、近づいてきた人の気配に気づいた『エウレ』はふっと顔を上げると怯えたようにフィーデスを見てきた。その顔は今のエウレよりも幼い。服は引き裂かれてあちこちに傷ができている。その顔にはもう涙はなかったが、泣くことも諦めてしまうくらいに少年が深く傷ついているのは気配だけでも十分に分かる。 (……痛い)  その痛みを感じているのはエウレなのに、あまりの痛々しさにフィーデスが泣きそうだった。  「エウレ、逃げないで。俺はフィーデス・ブルーです」 「……嘘だ。フィーデスはそんなに大きくない」  疑いに満ちた眼差しで、ではあるがようやくエウレが答えてくれた。それに少し安堵しながらも、どうやらエウレの中のフィーデスはまだ学院に入学したばかりのあの自分で止まっているらしい。それに複雑なものを抱えながら少しだけエウレに近づいたが、先ほどのように怯えた様子は見せなかった。  これから先も、彼は同じように傷を抉られていくのだろうかと、ふとフィーデスは思った。あの逃げ出した魔族のように、エウレが精霊――本当にそうなのかは分からないが――であることを疑い、そして欲しようとして彼の心の中で今も膿み続けている傷を見つけては、笑いながら自分の目的のために抉ってくる者たちが現れるのだろうか、と。その傷を得た記憶がなければ――青年は、こうやって心の中で泣くこともなくなるのだろうか。  先ほどエウレの術の使い方を真似てうまくいったように、自分の傷を治してくれた時のエウレの気配を思い出す。それからまだ少年の姿をしているエウレを驚かさないように極力ゆっくりと隣に腰かけると、微笑んだ。不思議なものを見やるような目でこちらを見てくるエウレの両眼を、そっと自分の手で伏せた。 「辛いことは、もう思い出さなくていい。今から、俺が貴方の心の中から辛い記憶を消すから」  エレメンツの力を借りていないのに手のひらから力があふれ出でるのを感じる。まるで、精霊の力自身がそれを望んでいるかのようだ。 「フィー……。俺は、お前を……」  伏せたフィーデスの手のひらに、温かい液体が触れるのを感じる。忘れたくない、と続けたエウレの唇を、深い口づけで塞ぐと自分の力をエウレの中に押し流した。びくりとエウレの体が震えたかと思うと、そのまま意識を失ったのかフィーデスにもたれかかってくる。 「貴方が、貴方のままでいられる場所にいてください。俺がずっと、貴方を守るから」  もう届かないと分かっていながら囁いたところで、遠くからイーリの鳴き声がした。

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