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第34話
「マスターがしばらく実家に帰る?」
「あはは。まあ、この間捕まえたヤツとか、そいつを利用していた人間のこととかね、けじめをつけなきゃいけないから。夜の世界の方がそこら辺の罰はかなりきっついよ~」
フィーデスにのんびりと答えたハヴァッドだが、彼は何やら荷造りをしているところらしい。ハヴァッドはマスターであるシヴィが行くところにはどこでもついていくのだと言う。
「まあ、後はこっちにまた逃げ出さないようにマスターがきっちりお仕置きしてくれると思うから、もう心配しなくていいと思うよ。でも、この間君の上司さんたちがお城で打ったお芝居のせいでさ~、めずらしい髪の色とか特徴があると誰でも彼でも精霊かっていう風潮はエウレには危険だと思うんだよね。……というわけで、フィーデス君がしばらくうちに寝泊まりしてくれると助かる。オレたちがいないとまともに仕事できないだろうし……仕事自体はできても、お金の管理とかがね。オレたちがいない間はフィーデス君の仕事でも手伝わせてやって」
パチン、と音を立てて鞄を閉じるとハヴァッドが立ち上がった。エウレの兄弟子はいつもと変わらずに笑っていたがフィーデスが間違いなく了承すると確信しているようだ。
「フィーくんがうちのギルドに寝泊まりするんなら、ワタシもあっちに帰るのやめようかしら。ハヴァッド、あんた一人でどうにかしてきなさいよ」
「……言っておきますけどね、いくらオレがドラゴンだからってパワハラが許されるわけじゃないんですよ~。オレの心まで硬いうろこが生えているわけじゃないですからね」
奥から出てきてマスターがハヴァッドと言い合いをしているところにエウレが帰宅する。
先日、魔獣は精霊の使いであったことなどが公になってから、イーリが表を歩いても以前のように罵倒や暴力が襲い掛かってくることはなくなった。いつもエウレが外出する時はギルドの中でお留守番をするしかなかったイーリだったが、最近はエウレのお供ができて幸せそうである。
「マスター、やっぱりフェリたちの姿が見つからない」
「あらあ、本当のおうちに帰ったのかしらね」
トルトたちに城に招かれ、フェリが正体を明かした数日後、フェリとコアが忽然と姿を消した。心配したエウレがイーリと共に捜し歩いていたようだが、火の精霊という本性を持つフェリが誘拐されたとは考えにくく、だが心配しているらしいエウレにそのことは言えないハヴァッドたちはただ黙っていた。シヴィが慰めるように声をかけるとエウレもようやく頷き返す。
「まあ、近いうちにひょっこり顔を出すわよ。あの子たちも貴方のことが大好きなのだから」
ね、とウィンクして見せるとシヴィも立ち上がり、「すぐ帰ってくるからね~」と言い残して部屋の奥――夜の世界に通じる扉へと入っていく……が、急に立ち止まってフィーデスへと振り返ると一気に近づいて抱き寄せ、フィーデスの耳に唇を寄せた。
「エウレのこと、くれぐれもよろしく頼む。隙が多いから、俺がいない間はちゃんと見てやってくれ……なんてね!」
最後は明るく大きな声を出して離れていったシヴィだったが、フィーデスはふといつの日だったが、倒れたエウレを部屋で介抱していたシヴィを見た時のことを思い出した。あの時の表情、あれは大事なものを獲られたくない獰猛な獣のようだった。
しかし、エウレに関してはフィーデスも引くことはできない。
「マスター、フィーデスにまで手を出すなよ! あっちに自分のハーレムあるんだろう?!」
「やだっ、ワタシの心はいつでも本命しか追いかけない主義なのっ、留守番頼んだわよー」
フィーデスとシヴィの接近に驚いたエウレが二人を離そうと割り込んできたところで、シヴィがエウレの額に口づけを落とす。フィーデスは何となくシヴィの言葉の意味も行動も理解してしまったような気がした。
「マスター、行きますよぅ……」
「二人ともとっとと行ってこい、たまには仕事しろ!」
『弟子』たちにやいのやいのと言われてシヴィが文句を言いながら扉へと向き直る。
「ワタシがいなくても、毎日明るくハッピーでいるのよ」
「留守番って一週間くらいだろ……」
うんざりしたようなエウレの黒く柔らかな髪をシヴィとハヴァッドが力を加減して叩いていく。その時に見えた彼らの表情はとても優しいものに見えた。
「エウレは色んなものに愛されていますね」
「あ、あれが愛されているっていうのか?! あれはかわいがりってヤツだろ、あいつら平気で俺をこき使うんだぞ。しかも今まで魔族だってこと、俺に内緒にしていたしさ。言葉にされなくてもそうなんだろうなって分かってはいたし、別にそのくらいじゃなんとも思わないのに。……それより、一週間も休みなんて初めてだ、俺」
清々した、と言いながら腕を伸ばしたエウレと同じタイミングで大きく伸びをしたイーリは日が差し込んで暖かな窓際に向かうと、大きくあくびをしてころんと寝そべった。
「ちなみに俺も一週間休みを取りました」
「……なんでフィーデスまで」
エウレがわけ分からないといった顔をすることを予測していたフィーデスは笑った。
「本当に何もないところですが、うちの領地に遊びにきませんか。自然だけはたくさんありますし、イーリもたっぷり遊べると思いますよ」
エウレが返事するよりも先に寝かけていたイーリがやったー!と言いたげに「きゅー!」と元気に返事をしてくる。
「……イーリが行きたいなら仕方ない」
そう言いながらも心持ち嬉しそうな顔をしたエウレに、フィーデスは口づけを落とすのだった。
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