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君が嫌いな君が好き-2

取り乱していたりつは、ゆうじが根気よく付き合ったお陰ですっかり落ち着いた。リビングまでりつを抱いて、汚れた顔や体を拭いて、パジャマを脱がせていく。 大人しくされるがままになっているりつの腕に増えた新しい傷。 幸いにも刃物で切った時のような深い傷はなかった。 「ごめんなさい…」 黙々と手当をしていると、りつがぽつりと呟いた。 りつは、よく謝る子だ。ここに来たばかりの時は、ゆうじが何かする度に可哀想な程に怯えて何度も謝っていた。 「りつは、いい子だよ。」 顔を上げて、りつと目を合わせる。ゆらゆらと不安そうに揺れている、大きくて色素の薄い瞳。 「でも僕…いつも、ゆうじとの約束破って…、ごめんなさい…」 「りつは悪くない。俺が、りつに生きててほしいんだ。」 握っていたりつの手を、指の腹で撫でながらゆっくりと話した。 けれどりつは、目に涙をいっぱいに溜めて首を振る。 「でも、こんな僕…嫌い、大嫌いっ。」 愛情の足りない家庭で育ったりつは、自己肯定感がほとんどない。自分自身を誰よりも嫌悪し、憎み、蔑み、傷付ける。 『自分を好きになれ』 そう言ってしまうのは簡単だ。だけど、それがりつにとってどんなに難しいことか、この数ヶ月間でひしひしと感じた。言葉だけで解決できるほど、りつの傷は浅くない。寧ろそれは深く深く、今のりつの人格形成に根差している。 とうとうりつの目から、涙が流れ落ちた。はらはらと落ちる雫を指先で受け止めながら、ゆうじは再び口を開く。 「じゃあ、りつが大嫌いなりつを好きな俺のことは?嫌い?」 これは、意地悪な質問。 案の定りつは激しく首を横に振った。 「…っ、すき」 「ありがとう。俺も、りつが好き。りつがいないと死んじゃうよ。」 これも、意地悪な一言。 「だめ…ゆうじ、死なないで…」 りつは、それだけ答えてすぐにしゃくり上げるように泣き始めた。 嗚呼、泣かせちゃった。 「嘘。りつを置いて、死んだりしないよ。」 大丈夫。りつの心はまだちゃんと生きている。だってこんなに温かい涙を流せるんだから。 泣いているりつの額に、自分の額を合わせて目を閉じる。 「今日みたいに苦しい夜も、朝が来るまで絶対にりつのそばに居るからね。りつがりつを信じられないなら、俺を信じて。」 言葉の意味が分かってるのか定かではないが、りつは確かに頷いた。 間違いだらけの俺だけど、りつを引き取ったことは絶対に間違いじゃなかった。りつは、愛されるために生まれてきたんだよ。 いつかきっと、りつが自分のことを心から愛せるようになる日が来る。その日までは、りつの分まで俺がりつを愛そう。 りつが1人で歩けるようになるその時まで、俺がりつの生きる理由になるから。 君が嫌いな君が好き

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