8 / 57
君が嫌いな君が好き-2
取り乱していたりつは、ゆうじが根気よく付き合ったお陰ですっかり落ち着いた。リビングまでりつを抱いて、汚れた顔や体を拭いて、パジャマを脱がせていく。
大人しくされるがままになっているりつの腕に増えた新しい傷。
幸いにも刃物で切った時のような深い傷はなかった。
「ごめんなさい…」
黙々と手当をしていると、りつがぽつりと呟いた。
りつは、よく謝る子だ。ここに来たばかりの時は、ゆうじが何かする度に可哀想な程に怯えて何度も謝っていた。
「りつは、いい子だよ。」
顔を上げて、りつと目を合わせる。ゆらゆらと不安そうに揺れている、大きくて色素の薄い瞳。
「でも僕…いつも、ゆうじとの約束破って…、ごめんなさい…」
「りつは悪くない。俺が、りつに生きててほしいんだ。」
握っていたりつの手を、指の腹で撫でながらゆっくりと話した。
けれどりつは、目に涙をいっぱいに溜めて首を振る。
「でも、こんな僕…嫌い、大嫌いっ。」
愛情の足りない家庭で育ったりつは、自己肯定感がほとんどない。自分自身を誰よりも嫌悪し、憎み、蔑み、傷付ける。
『自分を好きになれ』
そう言ってしまうのは簡単だ。だけど、それがりつにとってどんなに難しいことか、この数ヶ月間でひしひしと感じた。言葉だけで解決できるほど、りつの傷は浅くない。寧ろそれは深く深く、今のりつの人格形成に根差している。
とうとうりつの目から、涙が流れ落ちた。はらはらと落ちる雫を指先で受け止めながら、ゆうじは再び口を開く。
「じゃあ、りつが大嫌いなりつを好きな俺のことは?嫌い?」
これは、意地悪な質問。
案の定りつは激しく首を横に振った。
「…っ、すき」
「ありがとう。俺も、りつが好き。りつがいないと死んじゃうよ。」
これも、意地悪な一言。
「だめ…ゆうじ、死なないで…」
りつは、それだけ答えてすぐにしゃくり上げるように泣き始めた。
嗚呼、泣かせちゃった。
「嘘。りつを置いて、死んだりしないよ。」
大丈夫。りつの心はまだちゃんと生きている。だってこんなに温かい涙を流せるんだから。
泣いているりつの額に、自分の額を合わせて目を閉じる。
「今日みたいに苦しい夜も、朝が来るまで絶対にりつのそばに居るからね。りつがりつを信じられないなら、俺を信じて。」
言葉の意味が分かってるのか定かではないが、りつは確かに頷いた。
間違いだらけの俺だけど、りつを引き取ったことは絶対に間違いじゃなかった。りつは、愛されるために生まれてきたんだよ。
いつかきっと、りつが自分のことを心から愛せるようになる日が来る。その日までは、りつの分まで俺がりつを愛そう。
りつが1人で歩けるようになるその時まで、俺がりつの生きる理由になるから。
君が嫌いな君が好き
ともだちにシェアしよう!