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りつのよる-1
りつは、半年前にある家庭から引き取った子どもだ。今年で19になったりつは、もう子どもと言える歳ではないのかもしれないが、りつの心は小学校辺りで成長を止めていた。
初めてりつに会った日、りつは目も合わせてくれなかった。ただ、世界中の全てに怯えていた。体も顔も心も、文字通りボロボロで、可哀想なほどに震えていたのをはっきりと覚えている。
ゆうじは中学校を卒業する頃から、自分の恋愛対象が所謂普通とは異なっていることに気づいていた。男でありながら、男が好きな自分。初めこそその事実に戸惑ったものの、受け入れてしまえばそれも自分らしさ、と考えることができるようになった。
信頼出来る友達も、本気で愛した恋人もいた。
それぞれの人の考える愛の形は様々で、それに対して社会も少しずつ寛容になってきている。けれど、どうしても越えられない壁があった。
それは、家庭を持つことだった。この国では同性同士の婚姻は認められていない。自分がマイノリティであることは充分自覚しているが、それは悲しいことだった。
けれど、仕方がない。生憎国を変える力など持ち合わせていないし、それ以上に優しい人が多いこの国が好きだった。
せめて、お互いを尊重し死ぬまで愛し合えるパートナーに出会えれば、それで僥倖だと思っていた。
社会人生活も5年を越えて、給料も少し上がり、生活に余裕が出てきた頃。ゆうじは当時住んでいたアパートを引越した。理由は単純で、元々住んでいたアパートが職場から遠いからだ。もう少し職場に近ければ、満員電車で苦しむ時間も短くて済むはずだと期待していた。
引越し先は築20年のアパート。1階の角部屋だった。前に住んでいた部屋より広くなって、何より職場まで2駅。家賃は高くなったが、精神的にも身体的にも余裕ができると喜んでいた。
しかし、1ヶ月ほど生活して上の階の生活音が気になり始めた。
ゆうじは、自分は音にそれほど敏感ではないと思っている。隣の部屋から聞こえるテレビの音も、アパートの前を走っていく車の音も、登下校する小学生の元気な声も、ほとんど気にならない。
けれど、上階の音だけはダメだった。
基本的に全く物音がしないのに、毎日不規則な時間にドンドンと大きな音が聞こえるのだ。何かが床に落ちたような音がする日もあれば、引きずるような音がする日もある。かと思えば、一日中不気味な程に静かな日もあるのだ。
何かおかしいと、本能がそう告げている気がした。
今思えば、りつはあの時からずっと助けを待っていたのだ。
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