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りつのよる-2

上の階を気にしながら、更に半年ほど経ったある日、夜中に激しい物音が聞こえて目が覚めた。音はやはり、天井から聞こえてくる。 「またか…」 毎日毎日なんなんだと、頭まで布団を被った。けれど、静かな部屋に響く音が気になって眠れない。不愉快なこの音をこれ以上聞く気になれなくて、ゆうじは床に落ちていたパーカーを拾い上げ、部屋を出た。 目も覚めてしまったし、散歩がてらコンビニでも行こう。 最寄りのコンビニで飲み物を買って、アパートに向かって歩いていると2階から人が下りてくるのが見えた。それは大きく膨らんだボストンバッグを肩から下げた身長の高い中年の男で、髪も髭も無造作に伸ばされていて、顔がよく見えない。丁度ゆうじがアパートの敷地に入る瞬間にすれ違った。控えめに頭を下げてみたが、向こうは急いでいるのかこちらに一瞥もくれない。男の纏う暗い雰囲気が気味悪い。 時刻は深夜2時。こんな時間に、あんな大荷物を持ってどこへ行くのか。 そんな取り留めのないことが気になって、ふと嫌な予感がした。 まさか、あの部屋の? よく分からない漠然とした不安を抱えながら、ゆうじは初めてアパートの階段を上がった。 向かうのは自室の真上の部屋。 ドアの前に立って、耳を澄ませた。 今は物音1つしない。 いや、違う。聞こえる。 泣き声が。 声を殺すような泣き声が微かに、しかし確かにゆうじの耳に届いた。 一瞬迷ったが、ゆうじはインターホンを鳴らした。その瞬間、ピタリと止んだ泣き声。 やっぱり、何かおかしい。 ゆうじはほとんど無意識のうちに、ドアノブに手をかけていた。 「鍵開いてる…。」 いとも簡単に開いたドアに驚きながら、中を覗く。真っ暗な玄関には、傷だらけでボロ雑巾のようになった子どもが倒れていた。顔はよく見えないが、息をしているようには見えない。 「ちょっと、君…!大丈夫っ?」 ゆうじは慌ててその子に声をかけた。うつ伏せになっている体は、何故か何も身に着けていない。たくさんの痣、切り傷、火傷。この子がどんな状況に置かれているかは最早明確だった。 ゆうじが恐る恐るその肩に触れると、子どもは突然がばりと顔を上げた。 この時、初めてその子の顔をはっきり見た。体同様痣だらけの顔で目元が大きく腫れ上がっている。元の顔がどんなだったか、全く分からないほどに。 あまりに酷いその姿に、ゆうじは言葉を失った。 引っ越してからずっと聞こえていた音の正体が、まさかこれだなんて。 「ご、めんなさい…ごめん、なさ、…っ」 蚊の鳴くような声で、謝罪を繰り返す痩せた子ども。視線はゆうじの方を向いているが、その実全くこちらを見ていない。別の何かに怯えているようだった。 それが、りつとの出会い。 今でもりつのあの姿が脳裏に焼き付いている。 もっと早く見つけてあげられなくてごめん。

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