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ゆうじとりつの部屋

りつは、男性が苦手だ。 虐待のトラウマから、男の人は父親の姿と重なるらしい。だから、特に中年の男性が苦手。 りつがお世話になっている医者も女性の方。 入院していた時の看護師も、カウンセラーも、市の職員も。 りつに関わるあらゆる人は女性だ。 唯一男で1番近くにいるのが俺。 「ゆうじ、ゆうじ。」 「ん?どうしたの?」 「横、座ってもいい?」 「勿論。おいで。」 休日、リビングのソファで小説を読んでいると、りつが絵本を抱えてやって来た。控えめに隣に座っていいかと尋ねるので、りつのスペースを空けてやると、りつは嬉しそうに隣に腰を下ろす。 それから最近気に入っているらしい猫の絵本を広げ、真剣に読み始めた。 まともな教育を受けてこなかったりつは現在、絶賛ひらがなの勉強中だ。 小さな声で文章を読み上げているりつの旋毛を眺めながら、なんとなく気になった。 りつは、俺が平気なんだろうか。 身長は高いし、それなりに体も鍛えているし、お世辞でも可愛らしい顔立ちとは言えない。どこをとっても“男”である自分が、怖くないのだろうか。 掛けていた眼鏡を外し、りつの滑らかな髪に指を通す。突然触れられたりつがぱっと顔を上げた。 「どうしたの?」 不思議そうに見つめてくるりつの瞳の中に、もう恐怖の色はない。 初めはあんなに怯えていたのに。 「りつは、俺が怖くない?」 りつの頭をゆっくり撫でながら聞いた。 りつは目を丸くして首を振る。 「ゆうじが?怖くないよ?」 「でもりつ、男の人は嫌いでしょ?」 ゆうじの質問に、眉を寄せたりつ。 開いていた絵本を閉じて、唇を尖らせた。 「…ゆうじは好きだもん。」 「ありがとう。」 少しムキになってそう言ってくれるりつが可愛くて、思わず笑ってしまった。 「ゆうじは、痛いことしないから…。それに、」 りつは指折り数えながら続ける。 「僕のこと助けてくれたし、嘘つかないし、かっこいいし、優しくて、あったかい。あと、あとね…」 丁度片手の指が埋まったところで、待ったをかけたのはゆうじだった。 「ねえ。」 りつはきょとんとこちらを見上げている。 「抱きしめていい?」 返事を聞く前に、細い体を両腕で抱き寄せた。 「ふふ、痛いよー。」 腕の中で楽しそうに笑うりつ。 まだまだ、自分を傷付けてしまうこともある。パニックになってゆうじにすら怯えて、ゆうじを威嚇する夜もある。過去のトラウマに魘されてじっと耐えるしかない1日もある。 正直、不安定な状態が続くりつの前から逃げ出してしまいたいと思ったこともある。 だけど、今この瞬間で、全てが報われた気がした。 やっと、この笑顔を取り戻せた。 救われているのは俺の方だ。 明日からも、小さな壁から少しずつ超えていこう。 2人で。 『りつは、男性が苦手』 ゆうじとりつの部屋

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