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りつのよる(2)-3sideりつ
パタン、と静かに閉じたドア。
5分で戻る、と言ってゆうじは出て行った。
この家でゆうじがいない、初めての時間。
ゆうじがいない。
いつもそばにいたのに、いない。
静まり返った玄関で、それが無性にりつの不安を掻き立てた。
「ゆうじ…」
1人つぶやくように、名前を呼んだ。
寂しい。
早く、帰ってきて。
ゆうじの影を追いかけて、りつはキッチンへ向かった。
出かける直前までゆうじがいた空間。ゆうじが出て行った玄関よりも暖かい気がして、ぬいぐるみを抱えたままキッチンの床に座った。
普段ゆうじは危ないから、と言ってりつがキッチンに入ることを嫌がる。
りつは、キッチンを見渡した。
落ち着いてみると、いい匂いがする。
今日は“かるぼなーら”を作ると、ゆうじは言っていた。
早く帰ってこないかな。早くゆうじとご飯食べたいな。
その時、コンロの上の鍋がりつの視界に入った。何の変哲もない、ステンレス製の鍋だ。
「…っ!」
突然猛烈な吐き気が襲ってきて、りつは流しに顔を突っ込んで胃の中の物を吐き出した。喉をせり上がってくる胃液の匂いと、内臓が痙攣するような苦しさで、りつの両目に涙が浮かぶ。
同時にあの頃の記憶が、津波のように押し寄せてきた。火にかけた鍋の中で沸騰しているお湯を、背中にかけられたあの日。意識が飛んでしまうくらいに熱くて、痛くて、痛くて。
おとうさんは、泣き叫ぶ僕を見て満足そうに笑ってた。
どうして?
おとうさんは、僕が嫌い?
生きているからこんなに苦しくて痛くて悲しいの?
僕が泣いてるのが、苦しんでるのが、嬉しい?
僕がいなくなったら、おとうさんは僕のことが好きになる?
どうしたら僕は…僕は…
痛い
痛い
体よりもっと、体の中が、心が痛い。
りつの手が、流しに置きっぱなしになっていた包丁へと伸びていく。
ごめんなさい、生きていてごめんなさい。
もう死ぬから、許して。
これ以上痛くしないで。
痛みは感じなかった。
それ以上に心が痛くて、何もかもが分からなくなって、ただ無我夢中で腕を切り付けた。
この血が全て体の外に流れてしまって、早く楽になりたかった。
意識が途切れる前に見えたのは、泣きそうな顔でこちらに手を伸ばすゆうじだった。
ごめんなさい。
ゆうじにも、たくさん迷惑かけて、ごめんなさい。
本当はずっと、こうして早く
死にたかったんだ。
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