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りつのよる(2)-4sideゆうじ

「目を離さないようにと、言ったはずですよ。」 「…はい。」 ゆうじが引き取る前にりつが入院していた病院の先生が、りつのために駆け付けてくれた。突き付けられた厳しい言葉に項垂れる。 向かい合って座る壮年の女医は、普段あんなに穏やかな顔をしているのに今は唇を引き結んで目を細めていた。 「今のりつくんには、貴方しかいないんです。貴方の愛情を惜しみなく注ぐと、あの日そう言ってましたよね。」 アスカ先生は、脆く扱いにくいりつに辛抱強く付き合ってくれた。意味の通じる言葉を話さなかったりつの言葉を丁寧に解いて、りつがどんな環境にいたかを知り、涙を流してくれた。りつの表情が増える度に、喜んでくれた。 その優しいアスカ先生が、声を震わせて怒っている。 「…りつくんが如何に危うい存在か、これでよく分かりましたね。あの子の抱えている傷は、深いんです。一朝一夕でどうにかなるものじゃありません。」 言い返す言葉などあるはずもない。 ゆうじは、やっと思い知った。心に大きな穴が空いた、その身に受けた愛情が足りない子どもを引き取るとはどういうことか。 自分の物差しでりつを測ってはいけない。 りつと同じペースで、同じものを見て同じことを考え、りつの痛みが消えるまでその痛みに寄り添って一緒に耐えることが、ゆうじのできる唯一のこと。 「もっとりつくんを知って、彼に寄り添い、愛してあげてください。おそらく、本当に大変なのはあの子が目を覚ましてからです。どうしてりつくんが自分の体を傷付けたのか…。つらくても、どうかあの子を見捨てないでください。」 真夜中の待合室で、ゆうじは深く頷いた。 ごめんね、りつ。 ごめん。 呼びかければ返事をしてくれて、笑いかければ笑い返してくれて、それでりつの傷は癒えていくものだと思っていた。 少しでも考えれば分かったのに。 りつの過去と、頼る人がいなくなって知らない男に引き取られた今、小さなストレスが積み重なっていたはずだ。 どうしていつも、真実に気付く頃にはもう手遅れなんだろう。 りつを大切に大切に、愛したいのに。

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