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りつのよる(2)-5
翌日の正午、りつは静かに意識を取り戻した。
「りつ…」
握っていた手が、微かに動く気配。顔を上げると、りつが眩しそうに顔を顰めている。「う…」と声を漏らしたりつを見て、一気に安堵が胸いっぱいに広がった。
「よかった…っ。よかった。」
一晩中生きた心地がしなかった。集中治療室の中で大量の輸血をされて心拍を測るモニターに繋がれているりつの姿に、震えが止まらなかった。
りつの体温を感じる手に力を込める。もうどこにも行かないように、りつを繋ぎ止めたくて。
「りつ、聞こえる?気分はどう?今先生呼ぶからね。」
りつの目は開いているものの、ゆうじの問いかけに対する反応がほとんどない。まだ意識がはっきりしないのだろうか。そう思いながらも、ゆうじはりつの様子にどこか違和感を感じた。
「なんで…」
そのまま暫くぼんやりとしていたりつが、突然呟いた。
「りつ?」
酸素マスク越しに、何を言っているのか上手く聞き取れずにりつの口元に耳を寄せる。
りつが放った言葉は余りにも衝撃的で、ゆうじの時間が止まった。
“死にたかった。”
りつははっきりとそう言った。
「お、思い出すの…。おとうさんに、いっぱい嫌われて、怒られて…っ。…もう、いい。生きてても、痛くて苦しい。僕が大嫌い。」
りつの口から言葉が溢れる度に、その両目からは涙が流れ落ちていく。
「もういやだ。ずっと苦しいの。どこにいても、思い出すの。寂しい、悲しい。死にたいよ。死にたい。」
大声で泣き叫ぶでもなく、静かに涙を流してりつは言う。
「…ごめんなさい。もう頑張りたくない。もうっ…」
りつが一度にこんなに沢山の気持ちを話してくれたのは、これが初めてだった。
「もう…ゆるして…っ」
その言葉は、ナイフのようにゆうじの心の柔いところに深く突き刺さった。
本当に、俺は浅はかな人間だ。
こんな時に、りつに返す言葉の1つさえ見つからない。
りつはまだ深く淀んだ沼の底で助けを待っているのに、その手段さえ知らない。
この子が背負った傷は、どこまでもどこまでもりつの心と体を蝕んでいるのに、その傷さえまともに見えていなかったんだ。
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