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ゆうじとりつの部屋(4)sideりつ
ゆうじはちょっと変わってる。
傷だらけで汚れきった僕を拾って、お世話して、優しくして、大事にする。
「ただいま〜。」
玄関からガチャリという音と、ゆうじの声が聞こえて、りつは飛び上がるようにソファから立ち上がった。
ゆうじだ!
「おかえりなさい!」
早足で玄関に顔を出すと、そこにはずぶ濡れで、顔に張り付いた髪を掻きあげるゆうじがいた。ゆうじは顎から滴る雫を手の甲で拭いながら、りつを見てくしゃりと笑う。
「ごめん、タオル持ってきてくれる?外すっごい雨で…。」
スーツの色が変わってしまうほどの姿に、りつはすぐに頷いて脱衣所へ向かった。棚からお気に入りの水色のバスタオルを取って、ゆうじの元へと戻る。
「だから傘いらないのって聞いたのに。」
タオルを渡しながらそう言うと、ゆうじは困ったように笑った。
「ありがとう。いやー、早く帰ってくるつもりだったんだけど。雨雲の方が早かったみたい。」
「あー、もうパンツまでずぶ濡れ。」と言いながら濡れた髪や服をタオルで拭いていくゆうじを眺めながら、首を傾げた。
「雨が小さくなるまで待てなかったの?」
こんなにずぶ濡れになるほどの雨で、傘もなくて、せめて小降りになるまで会社なり駅なりで雨宿りすればよかったのに。ただ純粋に不思議で、疑問をぶつけた。悪意も他意もない。けれどゆうじは、一瞬だけ眉をひそめてタオルを持っていた手を止めた。
「りーつ。なんでそんな事言うの。」
普段よりワントーン低いその声を聞いて、体が固くなる。
「え、」
何か気に触ることを言ってしまっただろうか。
「りつの顔が見たくて走って帰ってきたのに。」
何を言われるのかと身構えていたが、ゆうじの眉尻がそのまま下がったのを見て、力が抜けた。
「最近残業続いてたし、今日こそりつと過ごそうって。まあ、結局こんなに濡れちゃったんだけどね。」
ゆうじは、サラリと平気な顔をして甘い台詞を吐く。
こういう時、りつはどう返事をしていいか分からないでいた。
確かにここ数日、ゆうじの帰りは遅かった。ゆうじがいないとまともに眠れないため、夜中まで帰りを待っていたが本音は寂しくて寂してくて泣きそうで。だけど早く帰ってきてなんて言えなくて。自分なんかがゆうじの行動を制限するような我儘を言ってはいけないと思っていた。
でも、ゆうじは気付いてたの?
「りつ?どうしたの?気分悪い?」
じっと黙っていると、ゆうじが不安そうに顔を覗き込んできた。綺麗な青眼に映る優しい光。
この人になら、言ってもいいだろうか。今の幸せで堪らない毎日に、もう少しだけ期待してしまってもいいだろうか。困らせてしまうかな。
「…寂しかった。」
呟くように、小さな声でしか言葉にならなかった。
だけどゆうじは、嬉しそうに笑ったんだ。
「うん。ごめんね。俺も寂しかった。」
『ゆうじはちょっと変わってる。』
ゆうじとりつの部屋(4)
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