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不安と優しさと-4

吐くものがなくなって、目の焦点も合わなくなってきたりつ。体から完全に力が抜けてしまって、ゆうじが支えていないと座っていることすらままならない。りつの肩を支えながら、ゆうじはスマホをタップした。ボタン1つで通じるように設定してある連絡先に、電話を繋ぐ。 20秒後、電話に出てくれた優しい声。 よかった、繋がった。 「先生…、りつが…薬をっ」 しどろもどろになりながら、りつの様子を伝えるとアスカ先生は静かに言った。 「りつくんを連れてすぐに来れますか?今日は当直なので病院にいるんです。」 不幸中の幸いとは正にこの事だ。既に意識のないりつを抱えて、ゆうじは再び車に乗り込んだ。運転中は後部座席に横になっているりつを何度も確認した。 りつの息がこのまま止まってしまったらどうしよう。したくもない想像が頭の中を覆い尽くしてしまいそうで恐ろしかった。 「もう少しだからね。」と、何度も語りかける。もちろん返事はないが、その一言でりつをこの世界に繋ぎ止めておけるような気がしていた。 病院でりつはすぐに複数の点滴を受けた。薬物による中毒症状を和らげるためと分かっているが、針とチューブに繋がれた華奢な腕を見るのは辛い。 「ごめん。」 りつに謝るのは何度目だろうか。 やっぱり向いてないのか。俺はこの子に相応しい保護者にはなれないのか。 男手一人、大きな傷を負った子を抱えて幸せにしてあげることなんて、到底無理なのか。 溜息ばかりが零れ落ちる。 「はぁ…、ダメだね…俺は。」 ベッドサイドのパイプ椅子に座って眠るりつの顔をじっと眺めていると、アスカ先生が静かに部屋に入ってきた。ゆうじの隣に立ち、点滴を確認しながらりつの頭を優しく撫でてくれる。 「りつくんの心の問題も配慮したうえで、1度に飲んでも生命の維持に関わらない強さと、量の薬を処方しています。だから全く健康に影響がないとは言いませんが、命に別状はないでしょう。ただ、念の為2日程度入院していってくださいね。」 「はい。…先生に謝るのも変なんですけど、すみません、ほんとに。」 自分がどこまでも情けなくて、アスカ先生に頭を下げた。 りつが初めてリストカットをした時のように叱られるものだと思っていたし、叱られて当然だと思っていたから。 けれど意外にもアスカ先生はゆうじを叱ることはなく、眠っているりつを見下ろしたまま口を開いた。 「自分の体を傷付ける、という自傷行動は明らかに故意です。でも今回の場合は、そう言い切ることも出来ません。」 「どういう意味ですか…?」 「りつくんは、薬を飲みすぎるとどうなるか知っていましたか?」 「いや…知らないはずです。いつも俺が与えた分しか飲ませてなかったので。」 そこまで答えて、ハッとした。 そうだ。りつは知らないんだ。 薬を飲みすぎるとどうなるか知らなかった。 「自傷行動ではなく、意図せずにやってしまったことならきちんと説明すれば分かってくれるはずです。そして二度と同じ過ちは繰り返さないでしょう。りつくんは賢いですから。勿論、りつくんを置いて遅くまで仕事をしていたことは責められるべきですけどね。」 穏やかな口調でぐさりと痛いところを突かれ、苦笑いを浮かべながら頷いた。 「兎に角、りつくんの意識がはっきりしてからちゃんと話し合いましょう。」

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