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不安と優しさと-5sideりつ

深い深い泥の底に沈んでいるような眠りから、ふわふわ水面へと浮かんでいくように意識が覚醒していく。ゆっくりと瞼を開くと、ぼんやりと見覚えのある天井と点滴が見えた。 「りつ、気分はどう?」 遠くの方で、ゆうじの声が聞こえる。 見えているものと、聞こえている音と、頭に浮かぶ言葉が上手く繋がらない。 なんでまた病院にいるんだろう。アスカ先生の薬をちゃんと飲んだのに。 ただ必死にゆうじの姿を探した。 声が聞きたい。体温を感じたい。その一心で。 ゆっくりと部屋を見渡すと、ゆうじは枕元に座っていた。少し垂れている目が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。空のように綺麗な、りつが大好きな水色の目。 「…っ、ぁ…」 よかった、やっと見つけた。ゆうじがいない夜は寂しかった。ゆうじの隣で、ゆうじとお話しながら手を繋いで寝たかった。もう帰ってきてくれないんじゃないかって、怖くて怖くて堪らなかった。 「ん?どこか具合悪い?」 「…、じ…ゆ…じっ」 「りつ?」 目からは勝手に涙が零れるし、呂律だって回らない。 「いかないで、ゆうじ…っ」 思うように動かせない唇と舌で、なんとかそれだけを伝えた。りつの言葉に耳を傾けてくれたゆうじは、少し驚いたように目を見開く。そして大きな手でりつの手を握りってくれた。 「どこにも行かない。ここにいるよ、ね。りつ、ここにいる。」 鼓膜を震わせるバリトンとゆうじの体温が、冷えていたりつの心を溶かしていく。 よかった。ゆうじはちゃんと帰ってきてくれた。 「ゆ、じ…っ、ゆうじ…」 「うん。りつ、ゆうじだよ。」 体に上手く力が入らなかったけれど、それでもゆうじの手を離すまいと必死だった。 靄がかかったようにぼんやりとしていたりつの意識がはっきりすると、ゆうじは諸々の手続きをするために病室を離れた。ゆうじと入れ替わるように部屋に入ってきたのは、いつもお世話になっているアスカ先生。 柔らかな黒髪を1つ結びにした、綺麗な先生はりつの容態を確認してから、目を釣り上げて言った。 「絶対に、二度と、同じことをしちゃダメよ。」 「ごめんなさい…。」 しょんぼりと、視線を落とすことしかできない。滅多なことでは怒らない先生が、怒っている。 アスカ先生によると、あの薬は飲みすぎると体によくないらしい。そうとは知らずに、袋の中身を全て空けてしまった。昨晩の記憶が曖昧なのも、未だに体が痺れているような感覚があるのも、薬のせいと教えてもらった。 「…ゆうじくんすごく心配してたんだからね?」 「はい…。」 「真っ青な顔でりつくんのこと抱えて病院に駆け込んできて、りつを助けてくださいって。泣きそうだったのよ。」 「ゆうじが…?」 俯いたままアスカ先生の言葉を受け止めていたが、りつが意識を失っている間のゆうじの様子を聞き、思わず反応してしまう。 いつも穏やかで落ち着いているゆうじ。 取り乱しているところなんて見たことがない。 そんなゆうじが泣きそうになりながら病院に駆け込んだ、なんて信じられなくてアスカ先生を見上げる。目が合った先生は、頷きながら優しく頭を撫でてくれた。 「そうよ。ゆうじくんは、りつくんがとっても大切なの。」 嬉しいはずなのに、同時に胸がきゅうっと苦しくなった。 どんなに大切にされたって、僕じゃゆうじに何も返せない。

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