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ゆうじと里帰り-2
のろのろと出かける準備をするりつは、きっと行きたくないのだ。いつもはペロリと平らげるはちみつがたくさん入ったヨーグルトも半分ほど残していた。
しゅんとしている背中に、何とも言えない気持ちになる。りつは“行きたくない”とは絶対に言わない。
もっと我儘言ってくれてもいいのに。
「それ持ってくの?」
「だめ?」
りつが今日選んだ相棒はイルカのぬいぐるみ。タオル地で作られたそれを大事そうに抱えている。こんな子が訪ねてきたらうちの親は喜ぶだろうなと、その様子を想像して可笑しくなった。可愛いものが大好きな2人だから、きっとりつを気に入ってくれる。
今は不安そうにしているりつも、きっと。
「ううん。無くさないようにね。」
「うん。」
よしよし、とりつの頭を撫でて2人揃って家を出た。
新幹線で2時間ほどかかる片田舎にある実家。今まではゆうじ1人、電車と新幹線を乗り継いで帰っていたが、りつのことを考えて今回は車で帰ることにした。
実家までは高速を飛ばしても5時間はかかる。
りつが退屈しないようにお菓子を多めに積み込んでりつを助手席に乗せる。
「シートベルトした?」
まだ不安そうなりつがこくりと頷く。
「よし、じゃあ行くよ〜」
俯く頭をもう一度撫でてから、アクセルを踏んだ。
「気分悪くなってない?」
「ん…」
「ほら、海が見えるよ。」
「…ん、」
家を出てから1時間、緊張を解そうと運転しながら取り留めのない会話を投げてみるが、りつの纏う空気は重くなっていくばかり。
うーん…やっぱりもう少し話してから連れてくるべきだったかな…。
「ゆうじ」
膝の上に乗せたイルカを撫でながら、りつがぽつりと名前を呼んだ。
「…ゆうじの、おとうさん、は…」
車の走行音で掻き消されてしまいそうなほどに小さな声。その姿を見て、思わず震える手に手を伸ばした。
“おとうさん”
それがりつにとってどれ程の意味を持つ存在か、痛いほど知っている。
自分を傷付ける姿も、泣いて怯える姿も、過去の痛みに苦しむ姿も全て見てきた。
ガタガタと震える小さな手。
その手を優しく握って、近くのサービスエリアへハンドルを切る。
やっぱり、やめておけばよかっただろうか。
別に実家になんていつでも帰れるし、誰が悪いわけでもない。たまたまりつの体調が悪かっただけ。
「りつ、大丈夫だよ。」
「…っ、ち、ちがう…っ…ぼく…の…う、っゥ」
駐車場に車を停めてりつと向き合うと、大きな目からとうとう涙が落ちてきた。
「泣かないで。」
「ううっ、ひ…ッ…」
綺麗な雫を指で拭いながら、りつの背中をそっと抱き寄せる。
「ここまで頑張ってくれてありがとう。やっぱり今日は帰ろうか。」
少し肋の浮いた背中。小さな体で、たくさんの痛みと悲しみを背負ってるりつ。
今日は十分頑張ってくれた。
けれどりつは、何故かゆるりと首を横に振る。
「…っ、ゆうじの…おと、さ…」
「りつ…?」
「あいたい…っ」
そんな顔で「会いたい」なんて。
力いっぱいに俺のシャツを掴んで、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、そんな姿になっても、君はまだ頑張るんだね。
不安も恐怖も、1つも口にしないで、全てを抱えて。
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