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ゆうじと里帰り-3
「りーつ。俺に嘘つくの?」
強がってみせるりつの頬を摘むと、泣きべそのりつがひくりとしゃくり上げた。
「う、そじゃないも…っん、」
「無理しなくていいんだよ。」
ぐ、と唇を噛み締めたりつ。
「僕のおとうさんと、ゆうじのおとうさんは違う…っ。分かってる。」
「…でも、怖いでしょ?」
「…違うのっ、違う…っ。怖いけど、嫌いじゃない…。だって、だって僕…っには、おとうさんしかいなかった…っ!」
その言葉に、喉の奥が苦しくなった。
“おとうさんしかいなかった”
りつの中の消えない影をいつか消してあげようと躍起になっていたけれど、もしかしたらそれは違うのかもしれない。
りつはきっと、父親のことを憎んでなどいない。
心も体もボロボロになるまで苦しんだのに。今だって、こんなに泣いて。
それなのに。
俺はこんなにも、あの父親が許せないのに。
どうして。
消えない。
りつの中の父親が。
俺じゃあ、超えられない。
突然そんな風に考えてしまって、お腹の奥がずんと重くなった。
ネガティブになると、りつにもそれが伝わるだろうからあまり考えないようにしていたけれど、こうもまざまざと現実を突きつけられるとつらい。
簡単にこの子を救えるなんて思ってない。別にりつの父親の代わりになりたいわけじゃない。
それなのにどうしてこんなに苦しいんだろう。
「…、りつ。ごめんね。泣かないで。」
漏れそうになる溜息を噛み殺して、泣いているりつを宥めようと細い体を抱え直す。
すぐに首に巻きついてきた温かい腕。
恐らく無意識だろうその行動に、少し気持ちが落ち着いた。
「でも僕…ぼくは、ゆうじのほうが…っ、もっと大好きだから…」
「うん?」
耳元でぐずぐずと鼻を鳴らしながら、りつは続ける。
「だからね、会いたいの…。ゆうじの家族に、会いたい…っ」
小さな男の子のたった一言で、意図も簡単に浮いたり沈んだりする気持ち。
今まで出会ったどんな人より愛おしい。
この気持ちは、どうすれば言葉にできるんだろう。
どんなに怖くたって辛くたって、全て正面から真っ直ぐに受け止めるりつが大好きだ。
「ありがとう。でもね、りつだって…りつだって俺の大事な大事な家族だよ。」
家族と呼ぶには余りにも時間も思い出も足りていない。歪で不安定な関係。
それでも君を分かりたいんだ。愛したいんだよ。
「父さんも母さんも、りつに会えるのを楽しみにしてるよ。」
君の暗い過去すら照らすほどの光を、俺がきっと見せてあげるから。
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