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第3話

いけないことだという意識は勿論ある。 それを自覚しなくても、念を押すように悪戯のように、行為の最中に幾度も囁かれ、その度に罪悪感と背徳感が快楽と混じり合って身体に染み付いていく様な気がした。 道を踏み外すのは、初めてかもしれないと気付いたのは、つい最近のことだった。 「…主任。主任、」 激しい性交による疲労によってうとうとと微睡みかけていた高坂の肩が揺すられた。微かに裂けた皮膚に汗が染み、そこに触れられる事で小さな痛みが走る。その痛みと住吉の声、それとベッドサイドに放り出した携帯電話の着信音によって高坂の目がぱちりと開いた。 「電話、鳴ってますけど」 やや不機嫌そうな声は気の所為だろうか。 もしかして住吉もまた眠りに落ちかかっていたのかもしれないと思いつつ起き上がり、ベッドの淵に腰掛けてディスプレイを見遣る。表示されている名は、出産を控えて帰省中の妻だった。 咄嗟に今の状況を理解しては息を詰め、その呼気を吐き出してから通話ボタンを押す。1人自宅にいる体を装い、声を発した。 「…もしもし」 平静を繕ったつもりの声は微かに掠れている事にひやりとする。さっき微睡む前に散々啼かされた所為だろう。案の定、電話の向こうの妻は少し案ずるような声で高坂の状況を伺っていた。 「うん。ちょっと…喉の調子が悪いだけ。平気だよ。風邪とか、」 ひいていないから、と笑う高坂の背後にひたりと皮膚が押し当てられた。まだ微かに汗の感触が残る住吉の胸板だと察しては呼気が詰まりそうになるのを堪える。 「っ、…ひいて、ないから」 住吉の前歯が肩口に突き立てられた。びくりと跳ね上がる身体と、反射的に漏れ出しそうになる声を堪え、言葉を継ぐ。 そっと前へと差し伸ばされる住吉の指が散々吐精した高坂の熱へと絡んだ。 「……、っ、」 悪い事をしている。 身重の妻のいぬ間に。 悪い、事を。 その意識が下肢へと集まる。陰茎をなぞり、亀頭に立てられた爪が鈴口を軽く引っ掻いては先走りを促していた。同時に肩から首筋に触れる唇や歯列は離れていかない。 取り落としそうになる携帯電話を強く握りしめる高坂の指が白くなっていた。 「…あ、…うん。ちゃんと冷やさないようにする、から、」 こちらの状況など知る由もなく高坂の妻は続けていた。恐らく想像もしていないだろう。 自分の夫が、夫の部下に身体をまさぐられ、マーキングされているなど想像する事など恐らくない。 咬み殺す呼気が次第に乱れてくる。 早く電話を切らなければ。 意識はそれだけに集中している筈だというのに、執拗に与えられる快楽に抗うことが出来ない。 「うん。うん…、…ん。体、気を付けて。…っ、…ん、おやすみ、」 通話時間は高坂が思っているより遥かに短かった。そもそも元気でやっているかという確認の電話だった。いつものようにちゃんと食事を取るように、と案じる言葉を最後に電話が切れた。 ぼす、と音を立ててベッドの上に落ちるスマホを住吉が不愉快そうな目で見遣る。その視線に高坂は気付かない。軽く身を捩りながらも、住吉の悪戯を咎めることは無い。 「…住吉、くん、…電話、してる時は…」 「…よく我慢出来ましたね」 ささやかなお咎めの言葉など住吉が聞き入れるわけはない。穏やかな声音で返しては褒める為の口付けを柔らかい髪へと落とす。 「ご褒美、欲しいですか?」 上下する住吉の指と、濡れる高坂の熱が音を立てている。聴覚ごと犯されるような心地の中、相変わらず柔らかく伺う声に、触れられてもいない後孔が収縮するのがわかった。 ーーー悪い事をしている。 道を踏み外している。 だが、今だけだ。 妻のいない、今だけだ。 きっと。 多分。 「っ、欲し、い」 「……いやらしい旦那様ですね。…主任」 後孔に指の腹が触れる。 今からまたこの部下の熱に貪られる。 そう思う度に、高坂の奥が待ち侘びるように熱くなる。触れられただけの後孔が蠢く気配に、住吉が微かに目を細めた。

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