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第4話

昨日の昼過ぎに降り出した雨は今日になっても止まない。せっかくの週末だというのに、こうも景気よく降られては出掛ける気には到底ならなかった。今日が晴れたのなら自分はどこかに出掛けただろうかと思いつつ住吉はソファーの上で寝返りをうつ。テーブルに放り出した携帯電話には時折遊び仲間から夜の誘いが届いていたが、既読のマークを付ける気にすらならない。 昨日雨宿りの最中に高坂が口にした言葉を思い出す。 その高坂は今頃産まれたばかりの赤ん坊を抱いているのだろうか。少なくとも今朝にはもう機上の人になったはずだった。 雨も雨宿りも、嫌いになりそうだ。 無意識に舌打ちを1つしてから住吉は猫のように背を丸めて目を伏せた。 ※※※※※※ 「…あの、ね、」 都心から随分離れた営業先から出た時には雨は土砂降りになっていた。朝の天気予報にすっかり騙された住吉と高坂のどちらも傘は持参していなかったものだから、建物から出た後は慌てて近くのバス停に駆け込んだ。バスは行ったばかりだと告げる時刻表を確かめた後はもう、煙るような景色をぼんやりと眺めるしかやる事が無かった。肩を並べ、どんよりを絵に描いたような空を見上げる住吉の横で、消え入りそうな声で高坂が呟いた。 「…明日辺り、産まれそうなんだって」 高坂は住吉より少しだけ背が高い。 その一言に上げた顔を蒸した風が撫でた。 「……だから、明日から、行くから」 ちょうど週末だし、とぽつぽつと言葉を重ねる高坂は、良い報告をしているとは思えない程、申し訳なさそうな顔をしていた。恐らく目は合わせられないのだろう。そして恐らく、この事をいつ言おうかずっと悩んでいたのだろう。 出産の準備の為に帰省した妻が自宅に戻って来た時は、この関係は終わるのだろうか。互いにそんな事を漠然と思ってはいたが、口にした事も確認した事もなかった。 怠っていたわけではない。 住吉はほんの遊びのつもりだったし、高坂の方も長く続けられる関係だとは思っていないだろう。 嫁のいない家に押しかけ、夫婦のベッドで身体を合わせる様な関係はこれでおしまいだ。 ーーー多分。 「…なんつう顔してるんすか」 それこそ雨の中に棄てられた犬の様に眉を下げ、肩を落とす高坂に向ける声の抑揚は無い。目付きも決して良いとは言えない住吉の目が高坂を見上げると、高坂もまた恐る恐るといった風に視線を下げ、やっと2人の目が合った。 「おめでとうございます、でしょ」 「…うん」 この人はどうして泣きそうな顔をしているんだろう。住吉は首を捻る。 互いに遊びだとも言ったことも無いし、本気だと言ったこともない。 この関係は。 「…あ。…そっか、」 バス停の周りに他に人気は無い。 軽く爪先を上げ、自分が気が付いた事実を拭うように、誤魔化すようにキスをした。 「ーーー、こんな所で」 「誰もいないっすよ」 土砂降りの中のバス停の周りに人など歩いてはいない。車だって数分に1度通るだけだ。誰も見てやしないだろう。 「おめでとうございます。…明日、気を付けて」 強がりではない。 自分は事実などに気付いていない。 全てを誤魔化すように、出来る限りの笑みを作って口にした言葉に、高坂は笑わずに頷いた。 ※※※※※※ 遊びのつもりだと思い続けていたかった。 いつの間にか本気になっていた等と気付きたくなかった。 昼寝を決め込むつもりで瞼を落としたものの、眠気はやってこない。手を伸ばし、携帯電話を取る。高坂からの連絡はなかった。 「…あーあ、」 おしまいになってから気が付くなんて。 雨も雨宿りも、この先何があっても全部昨日のことを思い出させるようで嫌いになりそうだった。 不倫などした罰だろうかと天井を仰いだその時、胸の上に乗せた携帯電話が震えた。 ディスプレイを見るより先に、脳裏に何故だか高坂の顔が浮かび、慌てて通話ボタンを押す。 《…あ。もしもし?住吉くん?》 おしまいじゃない。 ただの直感がそう告げる。 電話の向こうからは雨の音は聞こえなかった。 ただ柔らかな声音が数キロメートルを越えて届いてくる。 自分、だけに。 「…あと誰が出るんですか。…主任」 電話の向こうは晴れている。 届く声とその事実が、曇り続けていた胸に陽の光のように差し込み始めた。

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