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第5話

「……土曜日、とか」 ざわめきを通り越し、騒々しい昼時の定食屋の隅で額を寄せ合うようにして日替わり定食を掻き込む。昼休みはまだ十分に残っているが、席は早く空けた方が良いだろう。店の外には行列が出来ている。 あの列は昼休み中に捌けるのだろうかと口の中の物を咀嚼しながら視線をやる住吉に向かって、高坂がぽつりと呟いた。 「はい?」 「あ、いや、…土曜日とか、日曜日は…住吉くんは何してるのかなって」 普段通りの穏やかな声音と目をしていたが、その中にどこか伺うような、済まなそうな色が含まれていることに住吉は気付いている。 週末は約束をしない。 そんな目をするくらいなら聞かなきゃ良いのに。もっと言うのなら、自分との不貞を止めてしまえば良いのにと思いつつも住吉はそれを口にはしない。意地悪そうに口角を上げた。 「どうしたんです。急に」 「…いや、…なんとなく」 週末は約束をしない。 家に帰ると妻がいて、2児のお父さんである高坂は週末自分と寝ているような時間は無い。せっせと家族サービスに務めなければならないのだから。 「…何、してるのかなって」 自分の事などさして興味は無い癖に、と住吉は密かに胸中で吐き捨てる。 この年上の上司の興味は、30を過ぎてから同性に暴かれた自分の身体の変化や、次何をしてくれるのだろうかという住吉とのセックスにだけ向いている筈だろう。どこか青年の様に好奇心旺盛な上司は自分に対して恋慕の情はない筈だ。多分、きっと。 「興味無い癖に」 「え?」 最後の唐揚げを口に放り込み、咀嚼してから落とした呟きは店内の喧騒に掻き消されてしまった。もう既に空になった茶碗を脇に、冷えた茶を啜る高坂がもう1回、と目を向ける。 「…別に。普通ですよ」 「普通」 「普通に買い物行ったり、飲みに行ったり。飲み屋でいい感じになった男とホテル行ったり」 ガチャン、と音を立てて空の湯呑みがトレイの上に落下した。驚いて目を向けると、湯呑みは幸い割れること無く転がっている。 何事かと顔を上げると、高坂が呆然とした目で自分を見つめていた。 ーーー動揺した。 「主任。湯呑み」 「…あ。ああ、…良かった。飲み終わってた。……そう。そっか、」 不意に心臓がざわめき立つ感覚に陥る。 告げた週末の過ごし方の1番最後はほんの口から出任せだった。いや、自分は無意識に確認したのかもしれない。 高坂が自分に情など無いことを。 ただの、身体だけの関係だということを。 「…出ましょうか」 混んでるし、と尻ポケットから財布を抜きながら立ち上がる。未だに呆然としたようにも、どこか気落ちしたようにも見える風に佇んでいた高坂が慌てて立ち上がる姿を見て、湧き上がる苦笑を堪える。そんな風に無防備に動揺されるとは思わなかった。 レシートをさらおうとする指が触れ合った。ここぞとばかりに視線を上げ、戯れにウィンクして見せた。他に人気が無かったのならキスの1つでも送ったところだがそうはいかない。 「…嘘です」 ほんの一瞬の動作の後にさっとレシートを奪って背を向ける。慣れない事をしたと内心で頭を掻きながら、何がと尋ねる声を聞こえない振りをしてレジの前に立つ。 他の男とホテルなど行っていない。少なくともここ半年、高坂主任と以外は寝ていない。 そこに特に意味は無い。 自分こそ、この男に恋慕の情があるわけじゃない。 きっと、多分。 「俺の分」 聞こえなかった言葉は後で聞こうと思っているのか諦めたのか、後から千円札を1枚差し出される。それを受け取る瞬間も、また少し指先が触れ合った。 ーーー少なくとも。 高坂の方から自分に向けられてはいないと思っていた情は実は存在するのかもしれない。 だが、週末は約束はしない。今のところは、週末の約束は2人の間に存在しない。

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