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第15話

接待の席がお開きになると、二次会の誘いを断った住吉は店に出るなりタクシーを捕まえて挨拶もそこそこに高坂の体を後部座席へと押し込んだ。 取り引き先の男に散々呑まされ、何を嗅ぎつけたのか勘違いをしたのか知らないがセクハラ紛いの事までされた甲斐もあり、商談は無事に成立することだろう。尻を揉まれて困惑する高坂の姿を目にしながらも、よくキレずに堪えたと自分を褒めたくなる。 高坂の自宅の住所を告げたタクシーが走り出し、繁華街を抜ける頃にはもう高坂はうとうとと船を漕いでいた。大して強くはないくせに、と住吉は鼻から息を抜き、疲れた横顔を眺める。真ん中一人分のスペースを空けて座る2人の間には鞄を置いた。革の硬さが住吉の理性の様に2人を隔てている。 「主任。もうすぐ着きますけど」 「ん…、」 運転手は道を間違えない。深夜近くになった街の道路は空いていて、車は信号機以外ではほとんど止まることなく走り続けている。 やがて高坂の自宅であるマンションに着いた。ファミリー向けの住まいを車窓から見上げ、高坂を揺さぶる。嫁が帰ってきたという話はまだ聞いていない。 「着きましたよ。主任。起きて」 「うん、」 1度寝るとなかなか目を覚まさないタイプらしく、高坂は心地良さそうに眠り込んだままなかなか覚醒はしない。ふと目を上げるとバックミラー越しに、運転手が急かすような視線を投げている様子が伝わってきた。こうしている間にもメーターは止めていない。どうせ深夜料金だ、と住吉はもう一度深く溜め息を吐き出した。 「…運転手さん。悪いんだけどーーー」 ※※※※※※ 昔から自分より背が高く、体格が良い男がタイプだった。 だがそういう男に言い寄られる率は低く、かといって来るものを拒まない質が結果的に男を食い散らかすような事態になっていたのだろうと住吉は自ら分析する。 ともあれ、いざ自分のタイプを部屋に連れ込むとなると想像していた以上に苦労する事がわかった。 眠っている事で脱力した体を抱え、自宅のエレベーターに乗り込む。抱えられている自覚は伝わるのか、ごめんね、と呟いたような気もするが高坂 覚えてはいないだろう。眉間に皺を寄せ、最後の力を振り絞るようにしてエレベーターを降り、半分引きずるような形で自宅のドアの前まで辿り着いた。片手で鍵を探り、苦心してドアを開ける。自分の靴を脱ぎ散らかす形で玄関を上がると、電気も着けずにまっすぐに寝室へと向かった。 「…はー、おっも…」 高坂の体は放り投げられるようにベッドへと仰向けに転がされた。息を乱しながらも、マットからはみ出す足から靴を脱がせ、フローリングに転がした所で力尽きた。ずるずると床に座り込み、ベッドの枠に背を凭れる。相変わらず穏やかな寝息を立てる高坂を見上げ、やれやれと息を付いた。 嫁がいないのなら家に帰らなかった所で誰も咎める人間はいない。どうせなら、と家に連れ込んではみたが、住吉自身にも酒が入り、その上日付も変わった所であると来れば何かをしようもない。どうせ何かをした所で覚えていはいないだろう。罪悪感も行為も、記憶に残らなければ意味がない。どうせ金曜の夜だ。何かをするのなら翌朝でも昼でも事足りる。 どうせ、どうせと言い訳のように重ねてから、やはりベッドからはみ出した高坂の手を握る。尻だけ上げてベッドへと向き合い、眠る上司の顔を覗き込んだ。 「…眠…」 せめてベッドで眠ろう。 帰宅した途端に襲う眠気に促され、上着とネクタイだけを払ってからベッドに上がり込む。決して広くはないマットの上、高坂の体を包むようにして身を寄せ、布団を引き上げると、シャツの上から首元に寝息が掛かった。 擽ったい、ともそもそと体を密着させ、高坂の頭を抱えるようにしながら住吉もまたゆっくりと眠りに落ちてしまった。 ※※※※※ 瞼を刺すような光に1度ぎゅっと眉間に皺を寄せた高坂がゆっくりと目を開けた。ああ昨夜はカーテンもせずに眠ってしまったのかと思うも、何か違和感がある。ぱちぱちと目を瞬かせた後に、目の前にあるシャツと、自分を抱える腕の正体を把握して起き上がりかけたが、寝息を立てる住吉の姿に体を動かす事を止めた。 「……住吉、くん?」 昨夜店を出た後の記憶はない。 頭が重たいが、間違いなく二日酔いだろう。普段と違うベッドの眠り心地と、隣にいる人物にまたホテルでも連れ込まれたのだろうかとぼんやり考えつつ可能な範囲で視線を巡らせるも、どうやらここはホテルではないらしい。 「…住吉くんの匂いがする」 自分を包み込むシャツに鼻先を埋める。寝息に伴い上下する布も、体に掛けられている布団も、敷いてあるシーツも、知らないようで知っている匂いがした。胸にじわりと広がる安心感が、また眠気を濃くさせる。 睡魔の中にふわふわと漂うような心地で再び瞼を閉じる。ああ今日は土曜日だなと思い巡らせ、住吉の体に甘えるように身を添わせる。 住吉が起きたのなら、朝食を一緒に取ろうか。それはまるでデートみたいだなとぼんやりと思いつつ、高坂もまた二度寝の中に落ちていってしまった。

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