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第21話—1、2—

「あれ?」 デスクに向かいパソコンを睨んでいた若い社員が疲れた目を上げて首を回しつつ、隣の高坂を何気なく見遣ったかと思うとひょんな声を上げた。清潔感のある白いシャツのカラーから覗くちょうど襟足の下の辺りにぽつりと紅い痕がある。まじまじと見詰めては緩く首を傾けて見せた。 「主任。湿疹みたいなの出来てますよ?」 ここ、と自分の後頭部の下を指で示す様子を高坂がきょとりとした目で見詰めつつ首の後ろを掌で摩る。 《ーーー主任、》 脳裏に、鼓膜に焼き付いたような昨夜の声が蘇る。その指摘の思い当たる節に動揺しかけては咄嗟に隠し、同時にその痕を掌で覆い隠した。 「ああ…うん、昨日寝る前に、…痒くて搔いたかな」 「なんか塗った方が良いっすよ」 焼き付いていたのは声と視線だけではなかったか。 妻が帰ってきた後は痕など残さなかった筈なのに。 ただの気紛れかもしれないその痕跡にざわつく胸を、彼はまだ知らない。 ※※※ 「あれ?」 社食で定食の唐揚げに大口を開けた瞬間、住吉の差し向かいに座っていた同僚が妙な声を上げた。自分に視線が向けられていることには気付きながらもそのまま唐揚げにかぶりついた住吉は、同僚の視線が自分の首元に注がれている事を察して何なんだと軽く眉を寄せつつ首筋を撫でてみる。 「そう。そこ。…色男。痕見えてんぞ」 「…痕」 首筋に灯る紅の正体をさっさと把握した同僚はニヤリと目を細め、揶揄うように小さく指摘する。その言葉と示された位置に、住吉の脳裏に昨夜の出来事がさっと過ぎる。 《住吉、くん…っ》 首に絡み付く腕と、耐えるように肩口に埋めた頭と髪の感触を思い出すだけで胸中がざわつく。あの時高坂は自分の首筋に唇を寄せたのだろうか。行為に夢中になっていて気が付かなかった。 自分のものだと刻む印を快楽の中で流されたように付けるその人は、自分のものにはならないのに。 ざわつく昼休みの社食の端、摩った首元からぽつんと1点、熱い体温が住吉の掌に伝わるような感覚が過ぎった。

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