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第25話
掴み、握り締めたスーツの襟元がふ、と緩んだ感触に視線を落とす。
高坂の手が自ら上着のボタンを外している様が視界に入り、それだけでぞくりと煽られるような心地に陥る住吉は気取られないように唇を塞ぐ。瞼を伏せて応じる高坂の唇の輪郭を丁寧になぞり、上唇を濡らし、潜らせた舌先で口内を舐る。急激にたどたどしくなる指でなんとか上着の前を開けた高坂が身動ぎ、ばさりという音と共に布がカーペットの上へと落ちた。
住吉の指がネクタイにかかる。肩を揺らす高坂を気に留めず、熱のままに細い布を解いては、また深く唇を塞ぐ。幾度も重ねられ、呼吸を閉ざされる口付けに浅くなる呼吸が唇の端から漏れ、息苦しさに眉根を寄せた高坂が薄く瞼を開くと一瞬だけ視線が重なった。
「っ、」
僅かに爪先を上げ、耳朶をしゃぶる。シャツのボタンの上で動く指先を感じつつ、住吉は外耳に歯を立て、舌先で軟骨をなぞる。頭髪の先を擽られると共に与えられる微かな快楽に高坂の睫毛が震えた。
「っ、…住吉、くん、」
「…なんですか、」
声音が切羽詰まっているのは双方とも同じだった。ぶる、と首筋を震わせた高坂が困惑したように住吉を見下ろす。1週間お預けを喰らった瞳が早くも熱を帯びていた。
「今日…なんか、…いつもと違う、」
「ーー…、は、」
高坂の指が、恐る恐るといった風に住吉の頬に触れる。その体温にまた導かれるように住吉の唇が高坂のそれを柔らかく塞いでは離れていく。そういう所、と口にするべきか否か惑う高坂の目が住吉を捉え、唇を寄せ、啄んだ。
「ーー、珍しい、っすね」
「…住吉くんが、…いつもと違う気がして、」
「…何…」
瞳が揺れている。
言葉に出来ない感覚が掴もうとしては離れていく。早急ながらも丹念なーー執拗な程の口付けが高坂を掻き乱している。
「何か…あった…?」
高坂の指が、まるで労るように住吉の頬を滑った。
案ずるような瞳が真っ直ぐに住吉の目を射る。
見透かされるーーー。
住吉の心中に焦りに似た衝動が湧き上がる。掻き消すように、高坂の身体を力ずくでベッドへと押し倒した。
「っ…!」
「…なんなんですか、」
冷静な筈の。
ただ遊んでいる筈の心中を掻き乱すものの正体はとっくに自覚している。
だから、今の自分の使命はそれを悟られないようにすることだけだ。
奥歯を噛む。腕に引っ掛けていた高坂のネクタイを手に取り、乱雑な動作で頭の上に手首をまとめて縛り上げた。
「住吉、くん、」
「…アンタは、」
動揺している。
この上司のことをそんな風に呼んだ事などない。
自分は動揺している。
悟られてはいけない。
この関係は遊びのままでいなければいけない。
落ちてはいない。
自分は。
衣服を纏ったままの高坂の脚を割り、自分の膝頭を中心へと押し付ける。びくりと跳ね上がる身体と、相貌に微かに滲む色が見て取れた。
身体を傾け、襟の開いたシャツの中に顔を埋めた。首の付け根に噛み付き、浅い歯形を刻むと今まで高坂の中を占めていた住吉へと向ける思いがたちまち消えていく。焦る声音が引き絞られるように低く室内に反響した。
「ッ、だめ…っ、痕、は、」
「…主任は、…黙って俺に抱かれていれば良いんですよ」
高坂の目が瞠目し、悲しげに伏せられる。
この人の悲しげなーー泣き顔など幾度となく見ている筈なのに。
胸が軋む。
この顔を見て愉悦を覚えなくなったのはいつからなのだろう。
それすらも忘れてしまった。
知られるわけにはいかない。
悟られるわけにはいかない。
高坂の胸板に手を載せる。
ここにある感情が、自分と同じ形になる訳はないのだからーーー。
「…そう、だね、」
軽く上げられていた頭がぱさりとシーツの上を落ちる。悲しげに伏せた目が何かを諦めたように閉じた。
中途半端に開かれたシャツの中に手を差し込む。ここを自ら開いた高坂はどんな想いだったのだろうと過ぎる思いを打ち消すように、住吉はもう一度高坂の首筋に唇を押し付けた。
※※※※※
立てた膝頭から力が抜けていく。
後ろから貫かれ、幾度となく身体を揺さぶられる高坂の唇からとめどなく喘ぎが漏れていた。背にぴたりと胸板を押した当てた体勢の住吉がまた首の付け根に歯を立てる。深々と受け入れた住吉の怒張が締め付けられ、高坂の熱の先端からはだらしなく先走りが滲んでは滴り、シーツを濡らしていく。
縛り上げられたままの手首、濡れたネクタイの上から住吉の指が高坂の腕を掴んでいる。一方の手が音を立てて高坂の雄を弄び、扱いては欲のままに腰を叩き付けた。
「ーーーっ、ヒ…ッ、もう、もう…っ、住吉、くん、」
行為は、普段にも増して乱暴に思えた。
だが高坂の胸からは違和感が拭えない。住吉はどこか意識的に自分を乱雑に扱っているのではないか。その証拠に、普段は幾度も囁かれる自分を辱める言葉も、煽る言葉も、罪悪感を植え付けるよつな言葉も今日は降ってはこない。
無意識に零れ落ちる涙が舌先で拭われる。ついでのように目元を吸われ、また高坂の身体が住吉をきつく締め付ける。
「っ、…主任、主任…ッ、」
「や、あ、あ、ッア、ア…っ!」
熱を絞られた住吉の屹立から噴き出した体液が高坂の奥深くを濡らし、余韻のように熱塊が脈打つと、それに呼応するように高坂もまたシーツの上に白濁を散らした。射精に震える身体を全身で見下ろしたような間の後に、高坂の体躯が背後から抱き締められる。子供が親に縋り付くような動作だった。
「…住吉、くん、」
「……、」
「これ、…外して、」
未だ住吉の掌に覆われたままの手首が痛い。痕は残ってしまうだろうかとぼやける脳裏で思うも、解放されたい理由はそれだけではなかった。
「…外さないと、住吉くんに、…触れない」
「ーーー、」
住吉の身体がぴくりと身動ぐ。
首だけで振り返る高坂の視界に、瞠目し、今の言葉の意味を反芻してはどう解釈すべきか悩む目が写った。
乱れる呼吸を落ち着かせるような間があった。
今どうしても住吉に触れたい。過ぎる思いを口にすべきか否かを逡巡した隙に、高坂の肩に歯が立てられた。
「っ…、」
「…嫌です」
今貴方から触れられたりしたら、おかしくなりそうだ。
低い呟きに思いを全て押し隠した事は高坂は知る由もない。
どこか泣き出してしまいそうな住吉の視線と濡れた高坂の視線が重なる。直前の言葉とは裏腹に、住吉に向けたままの高坂の唇が酷く柔らかく塞がれた。
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