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第29話
彼はきっと、気付いてない。
週に一度、今やルーティンのように身体を合わせているその最中に自分がどんな目をしているのか。
「…っ、ん、ぁ…ッ」
身体を穿たれ、揺さぶられる。大きく開脚した大腿を抑え付ける掌から伝わる熱にすら身を震わせた高坂が、真上にある住吉の顔を覗いた。繋がったままの下肢を強く押し付けられ、ひくりと喉を震わせながらも縋るように住吉の腕を捉える。
住吉の髪から滴った汗が高坂の額に落ち、髪を濡らした。切羽詰まったような相貌のその中ーー迷子になった子供のような、今にも泣き出してしまいそうな目の色に気が付いては指先に力を込める。
自分の身体を暴いている最中、その表情に変化が現れたのはいつからだったか。
既婚者である上司をいたぶる事への愉悦と快楽のみで彩られていた相貌は、いつからこんな顔を見せるようになったのか。
彼はきっと気付いていない。
泣き出しそうな目をして自分を抱いていることに、きっと気が付いていないのだろう。
「っ…、主任、」
音を立てた激しい抜き挿しに高坂の喉が反る。痕が残りそうな程に手首を掴み、背を丸めた。住吉の肩口に額を埋めるようにした高坂は細身の身体に片腕を回し、抱き着くように身を寄せた。
「あ、っ、や、そんな、したらダメ、ダメ…ッ…!」
「く…ッ、」
小刻みに頭を振る高坂の意を無視するように住吉はがつがつと腰を打ち付け、奥を濡らすように体液が迸る。その住吉の屹立を締め上げつつ高坂もまた大きく身を震わせて数回目の吐精を成した。
「主任、」
高坂の後頭部を捉えた指が髪に絡む。柔らかく撫でるような手付きで相貌を見下ろした住吉は、荒い呼吸を継がせる間もなくそっと唇を寄せて啄む。
いつから、こんな甘やかなキスをするようになったんだろう。
幾度も啄まれ、食まれる口付けに高坂もまた何処かうっとりと双眸を細める。
ただ交わるだけの、自分の身体を好き勝手に扱うだけのセックスの後、すっきりとしたような顔をして自分をベッドに取り残し、さっさとシャワーを浴びに行っていたような住吉の背を思い出す。
その住吉が、こんな風に甘い、穏やかなキスをするようになったのはいつのことだろう。
そして、自分が。
「っ…ん、…智洋」
「ーー…、…え、」
自分がこの目を求め、離しがたいと思うようになってしまったのは、いつからだっただろう。
唇と唇の間、ひっそりと声にした名に住吉が瞠目した。何が起こったのかわからないと言いたげな眼差しに高坂はそっと苦笑する。
自分を覆ったままの体勢で硬直した住吉は、ほんの一瞬呆然としたように高坂を見詰めた後、やはり何処か泣いてしまいそうに顔を歪め、視線を反らした。
「なん、で…、急に、」
住吉の頬に向かって高坂の掌が伸びる。
泣かないで。
小さな子供を慰めるように撫でる指が汗を掬い、髪に触れた。住吉の動揺が伝わってくる。
触れるだけで自分の思いが伝わってしまえば良いのに。
そうすればきっと、罪悪感も背徳感もなし崩しに無くなってくれたかもしれない。
込み上げる雑多な想いの芯だけが抽出されて、口に出してしまいたい想いだけが伝われば良いのに。
思ってはいけないことを思っている。
十分に自覚した高坂が唇を寄せ、柔らかく捉える。
「智洋」
「っ、」
やめてください。
声に出す事も出来ず、住吉は高坂の唇を唇で塞ぐ。
全て見透かされたような気がした。
喘ぎに掠れた甘い声で呼ばれる自分の名に、驚く程動揺し、揺さぶられた。
口付けの後に見せた高坂の何処か途方に暮れたような、それでも熱を帯びた眼差しを見た。
その瞬間、住吉はようやく自分が引き返せない逃場所に立っている事に気が付いた。
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