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第38話

谷地の細い身体が震えたかと思うと、深くまで咥え込んだ住吉の欲が締め付けられた。シーツの上に熱が迸る気配を感じながら住吉もまた、無遠慮に谷地の中を濡らす。互いに荒い息を吐き出しては身を震わせ、目に入りそうになる汗を拭った。 「住吉、」 ずる、と楔を引き抜かれた谷地が小さく肩を揺らしてから起き上がる。気だるげな動作とは裏腹に口元に笑みを乗せ、ベッドの上に腰を下ろした住吉の肩をとんと突いた。スプリングの上に仰向けになった形の住吉の熱に触れ、二、三度扱く。 「おい…」 「まだ硬くなるでしょ、」 谷地に見抜かれた通りに緩く芯を帯びる住吉の熱に細い身体が跨る。解れ切った後孔に先端を宛てがい、そのまま腰を降ろしていく。だらしなく開いた口元から唾液が落ちた。 「っあ…、あ、中で…っ、おっきく」 「ッ…、」 谷地は、エロい。 付き合っていた頃から思っていた。 何事にもどこか線を引きたがる住吉とは違い、何に対してもあけすけで、殊更性には奔放だった。それは今も変わっていないらしく、細い身体を思う様に上下させ、内壁で住吉の雄を締め付け、扱く。住吉の手が谷地の胸板から腰へと滑り降り、締まった双丘に触れた。 あの人のエロさとは別だけどーー。 目の前に浮かぶのは、備えた筋肉が魅せる逞しい身体だった。 固くて広い胴回りも、腰も、少し張った太腿も双丘も。 全てが谷地とは違う。 物思いに耽る自覚すら持たない住吉の手が取られた。今お前の上に跨っているのは俺だ。無言で伝えるように五指が絡められ、強く握られる。 そんなことはわかっている。 現に気を戻した住吉が、振り切るように腰を突き上げた。谷地の白い喉が反り、下肢の熱が揺れる。がつがつと腰を打ち付けた。恍惚とした眼差しが住吉を見下ろす。谷地もまた、夢中になって身体を跳ねさせた。 「ぁ、ッア、イ…住吉、気持ち、ィ、」 「っ…、」 最近のセックスの最中、飽きることなく口にし、いじめるように囁いた言葉は、出なかった。 「ーータバコ吸ったっけ」 シャワーの浴びて来た谷地が、ベッドに座る住吉の姿に目を丸くした。室内には煙草の匂いが満ちている。住吉にはーー木曜の夜の香りとしてすっかり馴染んでしまったその匂いを谷地は知らない。 「……最近、…口寂しいから」 言い訳を口にした。 寂しいのは、 「ふーん」 谷地の指が住吉の手から白筒を取り上げる。煙が漂うような唇を掠めるように奪った。 「今は俺がいるじゃん」 「…そうだけど」 返せよとぼやき煙草を取り返す。もう短くなりかけたそれに唇を寄せ、深く吸い込んでは灰皿の上に押し付ける。 その姿をつまならそうな目をして眺めていた谷地がぽんとベッドに乗り上げた。布団を捲りあげ、自分の隣をぽんぽんと叩く。 「寝よ。明日休みだし」 明日は祝日だったことすら忘れていた。 それよりも、ベッドに誘われることに驚いた住吉が軽く目を瞬かせる。谷地に言われるがままにベッドの上を移動し、招かれたスペースに身を横たえると布団を被りながら谷地が懐に身を寄せてきた。 「ーー…」 じゃあ。おやすみ。 セックスした後に、相手が部屋を出ていく事に慣れていた。 見送る背をなんとも思わなかったことも、その背を引き止めてしまいたいと思ったことも、随分遠い事のように思えた。 「どうしたんだよ」 「いや…、なんでもない」 おやすみ。住吉くん。 耳を擽る柔らかい声も、寝たふりをする自分の髪を撫でる優しい指も。 全て、遠い出来事だ。 瞼を落とす。誰かが隣にいる場所で眠るのは久々だ。満足げに目元を緩める谷地の腕が住吉に絡む。ちゅ、と音を立てるようなキスが送られた。 「おやすみ。住吉」 「…おやすみ、」 おやすみなさい。 見送る為に口にしたその響きを思い出しては、口の中の煙草の名残をなぞる。 彼の味も背もーーきっといつか忘れて遠い事となる。 祈るように、目を伏せた。

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