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第46話

昼休みが終わる十分前に自販機コーナーに立ち寄った。カップに注がれるタイプのコーヒーを選び、抽出されるまでの僅かな時間を持て余していると、傍らひょいと顔を覗き込まれ、驚いた。見上げた先には高坂が嬉しげに立っている。 「お疲れ様」 「お疲れ様、です、」 コーヒーが出来上がった。住吉が小さな扉を開けて温かなカップを取り出すのを待ってから高坂も自販機に小銭を食わせる。ホットコーヒーにミルクだけ。住吉の予想と同じものを選んだ高坂を置いて去るのは何となく——勿体ないような気がした。 ちょうどよかった、と言いたげな素振りで空のベンチに腰を下ろす。昼休みはもうほとんど残ってはいない。熱いコーヒーをほんの少し啜る住吉の隣に、出来上がったコーヒーを手にした高坂がごく自然に腰掛けた。 肩が微かに触れ合う。ただそれだけの事が、住吉の胸を波立たせる。平静を装いながら、会話を探した。——まるで、 「……日曜日、」 カップから唇を離した高坂が、いかにも今思い出したかのように視線を上向かせた。話すタイミングを見計らったかのような口振りを、ちらりと見上げる。目の下が仄かに赤く染まっているように見えるのは気の所為だろうか。いとも簡単に動揺する胸を隠そうと、住吉は目を瞬かせる。 「何処か行きたい所とか、…ある?」 「……、」 肩が触れる。胸が波立つ。高坂の座る右手にあったコーヒーを持ち替えた。空いた右手をベンチの後ろに隠す。そっと、高坂の清潔なシャツの袖口を引いた。 「……考えてなかったんです、けど、」 ベンチの裏、壁と背の間、誰にも見られない場所で高坂の手が住吉の指を取った。指が全て絡み、掌が重なる。 ただそれだけで。 どうすれば良いのかわからない程に、胸が鳴る。 自分は今どうかしている。 こんなのはまるで、 「…ふつーに、飯食ったり、」 「うん」 「街とか、ぶらぶらしたり、」 「うん」 視線すら合わせられない。穏やかに頷く高坂の横顔を、伏せた目の端で確かめることが精一杯だ。——こんなのはまるで、高校生の恋だ。 「……主任と、…ふつーにどっか行けたら、」 「…うん。……俺もね、そう思ってた」 照れたような呼気と共に高坂が返す。結ばれた指に軽い圧がかかり、掌同士が同じ体温になる。 高校生のデートのような計画を立て、心待ちにしている。 恋が、こんなにも自分をコントロール出来なくさせるなんて。 「ちひ、…住吉くんと、普通のデートとか、したいなって」 「……はい、」 ぼそぼそと、文字通りの秘密の会話を重ねる時間を、昼休みの終わりを告げるチャイムが遮った。互いに、現に戻されたようにほとんど同時に手を離す。そのタイミングがあまりにも重なり過ぎていた事に初めて目を合わせ、潜めるように笑った。 「楽しみだね」 高坂が立ち上がる。残っていた適温のコーヒーを一度に飲み干してから住吉を見下ろし、はにかんだ。 「…晴れると、良いですね」 晴れた日曜日、高坂とどこに行こう。どんな時間を過ごそう。手に入らないと思っていた高坂の休日を、自分はどんな風に過ごしたいのだろう。 「晴れるよ」 カップが屑篭に入る。高坂が囁くように向ける。雨など降るわけない、と目が笑っていた。 ただ、今の時間のように二人手を繋いでいられたのならそれで良いなんて。 そんな殊勝なことを思う日が来るなどと思わなかった。二人肩を並べて日曜の昼間を過ごす。そんな光景を思い浮かべるだけで、ひたすら胸が高揚した。 先に行くね、と残した高坂の笑みがあまりに眩しくて、住吉は燻る熱を収めるように、午後からの業務へと切り替える為に、手元のコーヒーを飲み干してから勢いを付けて立ち上がった。

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