52 / 80

EXTRA -2020-

「あ、ねえ昨日初めてリモートで会議やったんだけどさあ、」 久々に出勤した食堂は予想はしていたものの、驚く程に空いていた。その片隅を陣取った女子社員達は律儀に席を一つ分ずつ開けて座ってはいるもの、果たしてあれは距離を取っていることになるのだろうかと住吉は内心で首を捻る。それでも本人達はやはり普段よりも離れた距離を意識しているようで、会話の声がやたらと大きい。久しぶりに味わう食堂のカレーライスをかき込む住吉の耳に、嫌でも話し声が届いてくる。 「あ、私もした。慣れたら良いのかもしれないかなって」 「そうそう。それでさあ、高坂主任がね、」 「……」 住吉の聴覚が一気に研ぎ澄まされた。同時にカレーの味は上の空となり、片手に眺めていたスマホの中のニュースも頭に入って来なくなる。 「高坂主任とも繋いだんだけど、超可愛かったよ。主任が」 主任が。 「あはは、乱入してきた子供じゃなくて?」 「子供も可愛かったよ!パパーって入って来ちゃったんだよね。主任の部屋に」 高坂とリモート会議をしたことは、未だ無い。短い用でならば書類やパソコンを前に済ませてしまっていたし、混み行った用であればメールのやり取りを行っていた。 ーーリモートで顔など見てしまったら、余計に会いたくなってしまうだろう。 そんな冷静な判断を下し、避けていたつもりだった。今会いたくなってもどうにもならない。自分は独り身で、最悪死ななければそれで良いと思っている節すらあるが、高坂は妻帯者だ。家には小さな子供もいる。そして高坂の体自体の事を考えても万が一何かがあったらと思う理性くらいは住吉にも残っている。 ーーだが。 「そのお子さんを宥めて苦笑いしながら相手してる主任がなんか可愛くてさあ、すっごい良いお父さんて感じでほのぼのするっていうか」 「わかるわかる。なんかオシャレな部屋でねえ…お子さんもパパ大好きって感じで超いい家庭みたいな」 そんな主任を超見たい。 沸騰しそうな脳内を冷やすべくグラスの水を一気飲みする。 確かに高坂をあらぬ道に引きずり込んでいるのは自分だ。そんな良いパパをふしだらな方向へと導いている自覚はあるし、多少なりとも罪悪感はある。 だが。 カレーライスを平らげて立ち上がる。片手に持ったままのスマホを素早く操作し、耳に当てた。 「…あ、…どうも。俺です。お疲れ様です。…あの、…リモート、しませんか、…いや、メールしじゃなくて、……顔、」 子供と戯れる高坂の姿が見たい。 まだ見たことの無い高坂の姿を自分以外に見た人間がいることが許せない。 何より。 「ーー顔、見たいんですけど」 早く会いたい。 硬い画面の、向こう側。 無粋なマスクを外した笑顔に。

ともだちにシェアしよう!