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第59話

ぶん、とどこかで空調の機器が動く音がしている。高坂の一言で住吉の呼吸が詰まったのがわかった。呆然と立ち尽くした青年を見つめる高坂の眼差しはあくまで優しいままで、住吉はますます混乱した。 「…どうして、」 「…良いじゃない。もう、」 説明させるのか、と高坂の中に一瞬過ぎった怒りのようなものもすぐに霧散した。以前と同じことを繰り返す気はない。この怒りや悲しみは全て自分の行いによるものだろうと思う。全ては、浮ついていた自分への天罰だ。投げやりにならないように気を払いながら呟くと、住吉は一層困惑して佇む。こんな顔を見たかった訳ではない、と思うものの、住吉との関係は歪なものだけが切れるだけで、上司と部下としての関係は続くのだ。 自分のこの痛みはきっといつか忘れる。 住吉の今の感情もきっといつか過去のものになる。 自分たちは、ただの上司と部下の関係に戻るだけだ。 ───だから。 「…だからさ、住吉くん、」 足を踏み出す。鼓膜には相変わらず空調機器の音と住吉の潜めた呼吸以外には響かない。両腕を伸ばし、少しだけ背の低い住吉を抱き竦めた。 「───主任、」 「だから住吉くん。…最後に、…抱いてくれないか」 声が震えてしまわないように保つことで、精一杯だったことを、覚えている。

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