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第65話

え、クビ? いやいやさすがにクビには出来ないんじゃないの? なんか異動?て聞いたけど。 今は自宅謹慎て話じゃなかったっけ? でもさあ、謹慎明けたからって出て来れないでしょ。 ねー。あーあ。がっかり。 ね。浮気とかさあ…。 淡々と振舞っているつもりであっても、昼の食堂のざわつきの中で、たまたま近くに座ってしまった同部署の社員たちの噂話は耳に入ってくる。 カクテル何とか、と言ったか。 以前もこんなことがあった気がすると記憶を辿りつつ、住吉は黙々と昼飯を口に運ぶ。 手繰り寄せる些細な記憶の先には、いつも決まった顔がいた。 飯の味がしない。 以前あった光景にいた顔がいない。 社内のどこを探しても、高坂の姿は見当たらない。 どっちにしてももう1回くらい会社来るんじゃないの?机の上とかロッカーとかそのままだよ。 来たとしても夜にこっそりとかかなあ。あーあ。次の主任誰になるんだろ。 …ていうかさあ、…相手のあれ、 あれさあ、…女の子じゃないよね、 不意にひそめられた声に住吉の胸がまた音を立てて軋んだ。 逃げ仰せている。そんな意識はずっと離れない。 何故自分だけがこうしてのうのうと出社していられるのか。 何故、高坂だけが罰を受けなければいけないのか。 名乗り出ることは簡単だ。 だが、そうしようと思う度に最後に高坂に向けられた言葉を思い出す。 守られたことなど、嬉しくない。 ちら、と1人の社員の視線が向けられた気がした。 自分を見ている。いっそ、突き止めて断罪してくれないだろうかと思う。 高坂が身を寄せていた相手は、自分だと。 モザイクの向こうにあったのは、高坂を離したくなくて仕方がなかった自分だと───。 「あ、ていうかさあ、私がこの間付き合い始めた彼氏と1ヶ月で別れた話聞く?」 「ちょっともう別れたの!?」 弾けるような声と笑い声に、現に引き戻されたような気がした。 見ると、同期の那月が輪の中心になって闊達に、雄弁に自分の失恋話を披露し始めていた。 視線は合わない。 合わないことを確かめて目を逸らした住吉をちらりと見やった那月が、暗い目をした同期の姿に鼻から息を抜き、眉を下げて微笑したことも知らない。 住吉が抱えたプロジェクトのプレゼンは、明日に迫っていた。

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