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第70話
夢を見た。
人気のない、夜のフロアで高坂が一人佇んでいる。
手には段ボール箱1つがあり、高坂のデスクは綺麗に片付けられていた。
靴音すら残さぬように歩き、出口へと向かおうとする表情は伺えない。
いよいよ部屋の外に出ようとする頃、高坂は不意に足を止めて振り返った。
1つのデスクに向かい、手にある荷物を置く。
1人の部下の机を見下ろし、そっと表面を撫でた。
「───さよなら、」
荷物は再び高坂に抱かれる。
2度とは振り返ることなく部屋を出ていく背中を、自分はただ見ていた。
引き留めようとする声は喉がひきつれたように発することが出来ず、足は酷く重たく動かなかった。
主任、と言い慣れた言葉が出てこない───喉元を抑えた刹那、住吉は自宅のベッドの上で飛び起きた。
「…主任補佐、ですか…、」
朝、出社してきた住吉に部長がこっそりと声を掛けてきた。
あまり人の通らない部屋に呼び出された理由を住吉は今知ることになる。上司は言いにくそうに口篭りつつ、苦笑を浮かべて住吉を見やった。
「そうそう。いや、高坂くんに引き継ぎの資料は貰ってるんだけどさ、やっぱり足りないところもあるし、住吉くんが1番高坂くんと仕事してたから…新しく主任に就く人のカバーをして貰いたいんだよ」
はあ、と漏らすような返事をした。主任、という単語は否応なしに高坂のことを思い出す。今朝見た夢はこの兆候だったのかと、他人事のように思いつつ浅く頷いた。
「ごめんね。例のプロジェクトもあって忙しいかと思うんだけど…、多分ね、次の主任は君になるよ」
「はあ…」
高坂がいなくなってから、どこか現実感のない日々が続いているが、部長のその言葉はその最たるものであるような気がする。
出世したいと思ったことはない。
次の主任になるという人間にも興味はない。
ただ、会社を辞めない理由が出来た。ただそれだけの事を思う。
高坂がいなくても時間は流れ、組織は動く。ぼんやりと思うものの、感慨のようなものに浸る理由はなかった。
「それじゃあ。よろしくね」
「…あの、」
用件を終えた部長が去ろうとする。咄嗟に引き留めた住吉の脳裏には1つの問いがある。
高坂主任はどこに行ったんですか。
「…いえ、…なんでも、無いです」
聞いたところで、尋ねたところで何にもならないことはよくわかっている。
無意識に俯きがちになる住吉の姿を困ったような目をして小さく笑った部長は、ぽんと肩を1つ叩いてから部屋を出ていった。
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