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第74話

休憩時間に入っても、住吉も高坂も席を立とうとはしなかった。行き交う人々が時折高坂の姿を見かけて様々な表情を浮かべて通り過ぎる様も気に留めることはない。互いに机の上や中に視線を泳がせたまま言葉を探している。3人がけのテーブルを2人で使う距離が、この半年の中で最ももどかしい距離である気がしていた。 「……煙草、いいんですか」 「…うん。…君は?」 ようやく持ち出した話題の引きのなさに内心で眉を寄せ寄せる住吉に、高坂が抑えた声で返す。少し驚いた目をする横顔を盗み見るようにしながら高坂が小さく笑う。 「匂い。ちょっとだけしてるから」 自分の上着から漂う香りと、住吉のシャツから香る匂いは同じだった。 住吉が小さく首を振る。間が空くことを恐れた住吉がぽん、と床を軽く蹴り上げ、意を決したように口を開く。 「……今、どこにいるんですか」 ゆるゆると高坂が目を瞬かせ、また双眸を細くした。気恥しげに口にされた地名に、住吉がいよいよ大きく瞠目する。 「……ここから…1時間ちょっとじゃないですか」 「ね、」 車や電車を使って1時間と少ししか掛からない場所に高坂はいた。 もう永久に会うことが出来ないと思っていた男が隣にいる。 目を合わせることなく苦笑し合う今すぐにでも手を引き、外に飛び出していきたい衝動を互いに抑えている。 室内に人が増えてきた。休憩時間はもうじき終わる。 手持ち無沙汰に書類をまとめる高坂を見やった住吉は、きゅ、と唇を結んで顔を上げた。 「あの、」 高坂もまた顔を上げる。視線が重なった。切なげに唇を結ぶ高坂の瞳を覗き、今日最も言うべき言葉を探し、見付けた。 「今日、…木曜日、ですね、」 瞳が、2度、3度と瞬いた。 住吉の真摯な眼差しを受け、瞳を見つめ返した高坂が、はにかんでから大きく頷いて見せた。

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