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第75話
明日早くに支社に戻らなければならないので。
せっかくだから、と開かれた大人数での飲み会を1次会で退散するにあたって口にした言葉は決して嘘ではない。
住吉はなんと言って二次会を断ってくるのだろうか。予め押さえてあったビジネスホテルへと徒歩で向かいながら思う。それだけのことで、胸がじわりと熱くなる心地がした。
さっき、解散か二次会に流れるかを競技する輪の後方で、隣に立った住吉に耳打ちした。
着いてきて。口にする方も、その言葉を受けた方も互いに表情を変えずにいた。
本部での高坂に関する噂はほとんど消えていたが、燻った残り火がどこでまた燃え上がるかはわからない。離れた場所にいる高坂にとっては最早関係が無いとやり過ごす事も出来るだろうが、住吉が俎上に上げられることだけは避けたかった。
平日の歓楽街の人混みは一定の規則性を保ちながらも好き勝手に流れている。歩きながら振り返ると、数メートル離れた場所で住吉が歩いている姿が見えた。何かを考えているのか、俯き加減に足を進めていた青年は、高坂の目線に気が付くとはっとしたように小さく瞠目しては唇を結ぶ。笑いかける高坂の眼差しに、きゅっと眉間に皺を寄せるのがわかった。
ビジネスホテルのチェックインは有人のカウンターではなく、機械によって行われるものだった。そんなホテルを選んだのは何かを予期したわけでも計った訳でもない。昨今のホテルはビジネスホテルであっても人に会うことなく部屋に入れるのだとどこかで聞いた時には味気ないな、と思ったものの、この事態には有難いと思う他にない。エントランスの片隅で荷物を片手に機械を操作しながら、もし防犯カメラ等で連れの存在を見たホテル側に呼び止められたらどうしよう、と考える。2人分の料金を支払えばなんとかなるだろうかと思いつつ指を動かす高坂の半歩下がった所で、住吉がいかにも連れを装うかのように待機している気配に気が付き、思わず込み上げる笑いを堪えた。
エントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。目的の階へと浮上する箱の中でも二人はまだ無言だった。
視線を交わすことなく回数が表示されるパネルを見上げ、ただ隣に立っている。決して古くはないホテルの機械の動作が酷く遅く感じた。
エレベーターの扉が開き、清潔感に溢れる廊下に出る。次第に早くなる互いの歩調に呼吸が重なる。辿り着いた部屋のドアに、高坂の手がもどかしげにカードキーを差し込む。音を立てて開いた扉の中に、ほとんどなだれ込むようにして足を踏み入れた。
「…っ、」
ドアが完全に閉まるか否かの刹那、高坂の手首が取られた。そのまま背は壁に押し付けられ、見上げる住吉の視線と高坂の目が重なる。噴き出しそうになる感情を伝え合うようにふたつの唇が重なった。
「…ッ、ん、住吉、く、」
「主任…っ、主任、主任、」
一方の手を握った住吉の手が高坂の頬に触れる。今にも泣き出しそうに歪んだ相貌を間近に、高坂の胸が軋んだ。君を泣かせたかった訳じゃないのに。思い、伝えようとする傍から唇が塞がれる。久方振りに感じる熱さに咥内の粘膜を掻き回され、早くも目眩を起こしそうになった。
「───逢いたかった…っ、」
執拗ともいえる口付けの合間、住吉の声が漏れた。
掠れたそれに、いよいよ高坂の顔が歪む。受け止めるように住吉の身体に両腕を回し、きつく抱き締めた。
「俺も」
「……、」
「俺も、逢いたかったよ。…智洋」
首筋に埋まる額に、住吉は泣いてしまうのではないかと思う。昂る感情を堪えるように、伝えるように高坂の首の付け根に唇が押し当てられると、懐かしさに高坂の膝が崩れ落ちそうになる。
高坂もまた、己の衝動を伝えるかに住吉の下腹部をまさぐり始めた。スラックスの上から雄を捉え、指で形を辿る。呼応するように動く住吉の手もまた高坂の熱を確かめるように触れている。互いに早急過ぎる。思っては、理性を保つべく着たままの上着のボタンに手をかけた。
「智洋も、脱いで?」
上気した眼差しに語り掛ける。ハッとした様な顔をした後、住吉もまたもどかしげに自分の上半身の衣服を雑に脱ぎ去った。
「…ねえ。…こっち、して欲しい」
再び───今度は素肌の胸を合わせて対峙する。高坂の手が住吉の手を取り、緩めた下肢の衣服に差し込ませ、双丘の線を辿らせる。驚く瞳に困ったように眉を下げて笑ってみせては、唇を重ね、小さく吸った。
「早く、智洋が…欲しい、から、」
「…そんな誘い方、どこで…いつの間に覚えたんですか…、」
住吉の声に滲む悔しさや焦燥感に思わず目を細めた。たった半年だ。その間に互いに何があったのかなど知る由もない。他の誰かに教えられ、触れられたのか。住吉が思う可能性などある訳もないのに。吐息を逃しながら住吉の下肢に触れる。揺れる肩が愛おしくて、肩口に唇を載せた。
「君が、教えたんだよ」
「……」
双丘を割り、後孔の表面を探っていた住吉の指が体内へと埋め込まれる。痺れるような快楽はすぐさま呼び起こされ、思わず息を詰めては吐き出す。出来る限り身体の力を抜いた。
「智洋以外の、誰がいるの?」
「……、」
「誘い方も、…俺の中の形も、全然、智洋が俺に教えたんだ」
柔らかく、言い聞かせるように告げる。汗ばむ身体がより密着するように押し付けられ、高坂は応じて住吉の雄を緩く握って外気に晒し、指の輪を上下させていく。腹の間で、互いの陰茎にはあっさりと熱が集まっている。自分の欲と住吉の雄を添わせるようにして握り、扱くと程なくして水音が立ち始めた。
「ッ…、あ、あっ、は…、」
薄い壁を意識して声を殺す。溢れ出る吐息に煽られた住吉が指で高坂の内部を掻き回す。いやらしい音を立てる下肢に額や頬が紅潮する様を見上げた住吉が攫うように唇を重ねては舌を捩じ込む。互いに、抑えが利かなくなっていると思った。
「智洋、智洋…っ、や…ぁ…!」
手の中で熱が弾け、指が先走ったもの以外の液体で濡れる。甘い吐精の余韻に身を震わせながら、高坂が住吉の背に回した腕に力を込めた。
「…ねえ、主任、…我慢…出来ない、」
切羽詰まった声が懐かしく鼓膜を叩く。浅く首肯しては片足を自ら開いて住吉の熱を後孔へと導こうとする。合わせて抜けていく指の感触にすら震える爪先に力を入れつつ、住吉の瞳を覗いた。
「久しぶり、だから…っ、ゆっくり、」
「はい、」
素直で、真面目な目で頷く住吉に僅かに頬が緩む。住吉が腰を上げ、呼吸を合わせるようにして高坂が身体を沈める。高坂が口にしたようにゆっくりと住吉の熱が高坂へと入り込み、高坂の身体がじわじわと住吉を包み込んでいく。住吉の唇から喘ぎが漏れた。
「は…、主任、主任」
じゅ、と音を立てるようにして鎖骨の付近の皮膚を唇が吸い上げる。他の人間に見られない箇所に痕を残すのは住吉の中に染み付いた癖だった。圧迫感を逃すようにいくつも散らされる口付けに反応した高坂の身体は住吉の雄を容赦なく締め付ける。硬い先端に奥深くを抉られ、高坂が首を反らせた。
『っあ…!あっ、智洋、智洋の…っ、ぁ、気持ち…、』
馴染んだ住吉の形が、熱が体内を擦り、突き上げられる感覚を呼び覚ませる。亡失していなかった快楽に身を委ね、両腕で住吉に抱き着く身体が揺さぶられる。霞む視界の中で見ると、住吉は熱に浮かされたように高坂の身体を揺さぶり、胸板や肩口に吸い付いていた。
「ッ、ダメ…、まだ、ぁああッ…!」
「っ…きっつ、」
終わってしまいたくない。切に願う悲鳴のような声が低く響いたかと思うと、腹の間に飛沫が散った。ほとんど同時に、高坂の肉壁に包み込まれたまま住吉の雄が弾けて欲が注がれる。吐精の余韻と、じくじくと傷のように収まらない熱を宥める為か、伝える為かしばらく無言で抱き締め合った。
「…足りない、です」
高坂の腕の中で住吉が呟く。これ以上無いくらいに眉間に皺を寄せた住吉が、また泣いてしまいそうに顔を歪めている。
願いは叶っているのに。
泣かないで、言葉にはせず、伝えるように唇を合わせ、濡れた髪を撫でる。その感触に指を細め、擦り寄せるように軽く頭を動かす住吉に囁きかけた。
「俺も、全然足りないよ」
互いに互いの身体に絡めていた両腕を解く。
少しでも離れてしまう時間を惜しむように、急くような動作でシングルサイズのベッドへと足を向けた。
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