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第4話

 翌日。颯太は約束の時間十五分前にやってきた。  近くで有名な店のメロンパンを六つも買ってきてくれた。けれど少しは颯太にも食べてもらわないと困る。  パンとコーヒーをお盆の上に載せてテーブルに近付いて千尋は怯んだ。 「えっと……」  DVDのパッケージを見て千尋は言葉を無くした。一番苦手なジャンル、ホラーだったからだ。恋愛映画を借りてこいとは言わない。ただもう少し無難なものを選ぶことはできなかったのか。そう言えずに千尋は持っていたものをテーブルの上に置いた。 「俺、これ観たかったんですけど、一人で観るのは怖くって」  今日も颯太は爽やかに笑っている。ソファの片側を空けているのを見て、仕方なくDVDをセットした。  最初から不穏なシーンが続いていて千尋は身体を固めた。観なければいい話だが楽しそうにしている颯太の横でむすっとした表情でいるのもためらわれた。  話は無残に殺された女性が誰彼構わず残酷に呪い殺すという話だった。画面にいきなり女性の顔が映ったり、殺され方が悲惨でその度に千尋はびくりと肩を震わせた。何回目のことだろうか。いきなり肩に手が回ってきてホラーより驚いたがぐっと抱き寄せられて千尋は思わず身体を寄せていた。雨の日に男二人でホラー映画を観て、抱きしめられてしがみついている。不毛だったが、なぜか心が少し温かな気がして千尋はそんな自分の気持ちに驚いていた。 「怖かったですか?」 「はい」 「すみません、千尋さん、怖いの苦手だと思わなくて」 「いいですけど……」 「めちゃくちゃしがみつかれた」 「恥ずかしいです……」  冷たくなったコーヒーを淹れなおそうとしたが颯太の手が千尋の腕を掴んだ。 「ねえ、千尋さん、来週遊園地行きませんか?」  さすがにそれはおかしいのではないか。それとも颯太はそういうことを気にしない性質なのだろうか。颯太が言ったのはカップルがデートに行くような有名なテーマパークの名前だった。 「俺、彼女とも行ったことがなくて。千尋さんと行きたい」  戸惑っていると颯太は目の前のメロンパンをほおばりだした。 「千尋さんて何のお仕事されてるんですか?」 「デザイナーです。洋服の」 「あー、だからか。すごく服のセンスがいいですよね」 ──千尋にはこういうのが似合うよ。  耳元で蒼大の声がしたような気がした。首を振って大きくため息をつく。 「俺といるのは面白くないですか?」 「いえ、そういうんじゃなくて」  千尋は唇を少しだけ湿らせた。 「梅雨が、苦手で。体調も、あまりよくなくて」 「もしかして今日無理させました?」 「大丈夫です」 「だから昨日倒れたのかな」 「……多分」  蒼大の死のことは思い出したくない。千尋はあいまいに頷いた。 「俺は営業やってるんです」 「だから帰りが遅いんですか? 僕はフレックスだからいつも帰りが八時頃だけど、普通の会社で八時は遅いでしょう」 「そうですね、営業終わるのは四時頃なんですけど、その後事務仕事があるんで」  ぺろりと食べ終わった颯太は冷たくなったコーヒーに口をつけた。 「温かいの淹れるから」 「いいです。それよりもっと千尋さんと話したい」 「え……」 「っていうか俺のほうが年下ですからそういう話し方やめてください」 「あ、うん……」 「今夜、ラーメンでも食べに行きません? 俺、いい店知ってるんですよね」 「……うん」 「こんな近くにこんなおいしい店があるなんて知らなかった」 「千尋さん、あんまり外に出なさそうだったから」 「ありがとう」 「っと!」  傘が落ちて、颯太の身体が降ってくる。慌てて傘を投げ出して抱き止めたが体格の違いで千尋は少しよろめいた。 「……すみません。躓いた」 「颯太くん、大丈夫?」  落ちた傘を拾って渡される。颯太が穏やかに笑った。 「初めてですね。颯太って呼んでくれたの」 「あ……」 「来週。楽しみにしてますよ」 「……うん」

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