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第5話
──千尋、千尋。
──幸せに、なるんだよ。
「蒼大さん!」
全身に汗が噴き出している。呼吸が激しく乱れていて千尋は重いため息をついた。時計はまだ四時だった。起きるには早すぎる。
あの日も雨だった。病院からの呼び出しに取る物も取らず家を飛び出した。蒼大は全身に包帯を巻かれ、口には酸素吸入器が被されていた。途切れ途切れの言葉でも蒼大の言葉はわかった。ただただ千尋のことを想い、愛していてくれた彼の最期の言葉は「幸せになれ」だった。
幸せとはなんだろう。新しい恋人を見つけること? それとも一人で充実した人生を送っていくこと?
どちらにしろそんなことが幸せだとは思えない。千尋の幸せは蒼大と二人で生きていくこと。それだけだった。それが叶わなくなった今、千尋には何もない。蒼大の言葉の意味もわからず、千尋は今日もぼんやりと生きていくのだった。
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