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第7話
夕方から雨が降ってきた。颯太の持ってきた折りたたみ傘に二人で入り、最後にひとつだけ乗りたいと言っていたもののところにきた。恥ずかしい、というより雨ににじんだ淡い色のおとぎ話のような温かな景色がそこにあって千尋は涙ぐんだ。
「メリーゴーランド……」
「乗りましょう? 千尋さん」
「……うん」
鼻を啜って見えないように目尻を拭く。二人で隣り同士の白い馬に乗って揺られて楽しむ。颯太がスマホを自分に向けてきて写真を撮られる、と思った途端、千尋はおかしくて片手で顔を覆った。
「やめて、恥ずかしい」
「こっち見て、千尋さん」
「やだ」
こんな風に笑ったのは何年ぶりだろう。この時間が終わらなければいい。そう願った瞬間、魔法が解けたように音楽が終わった。
「はい」
颯太が先に降りて手を差し出してくれる。素直にその手を取って馬から降りる。人がまばらになった遊園地の出口へと向かう。
「今日はありがとうございました、千尋さん」
「うん……」
「俺一人すごい楽しんじゃったみたいで」
「……そんなことない」
外へ出て駅へと向かう途中で千尋は立ち止まる。何を言おうとしているんだろう。今、颯太と離れるのが淋しいと思っているこの気持ちは蒼大を裏切っている。わかっている。この想いは禁忌だと。なのに口をついて出た言葉は──。
「……帰りたくない」
「千尋さん?」
「帰りたくない、颯太くん」
「えっと、それは……」
恋人がいる可能性があることを忘れていた。笑って冗談にしようと顔を上げた瞬間。口付けされた。びっくりして手で胸を叩こうとすると握りしめられた。本気で嫌なら拒めばいいだけなのに、身体が温かさを求めて泣いている。
「……いいんですね?」
無言で頷くと、颯太に手を引かれた。どこに行くかはもうわかっていた。
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