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第5話 にーちゃんとあの日のこと

 その時、おれはまだ十五歳で、にーちゃんは二十一歳だった。その頃のにーちゃんは、とてもセクシーだった。なんだか憂いを帯びていたし、大人になっても髪を染めたりしなくて、サラサラの黒いストレートヘアはしっとりしてて。小柄で、睫毛も長くて、服装だって控え目なシャツとかだったし、遊んだりもしない、本当に大人しそうな人で、とても中性的だし、本当に色っぽかった。そんな風に見ちゃう自分に気付いて、申し訳無くも思っていた時期だった。だって、にーちゃんは探したって居ないような、本当に良い、最高のにーちゃんだったから。  物心ついてから、おれは父さんが病気で死んだ事を知ったし、それが急死だった事も知った。なんて事はない風邪だと言っていたら、翌朝にはもう、冷たくなっていたって、そんな話を聞いてからおれはしばらく夜が怖くて寝つけなかった。朝になったらおれが、もしくは皆が死んでるんじゃないかって考えると、怖くて涙が止まらなくなった。今でもその不安自体は無くならなってない、小さかったおれにはそれぐらいショックだったんだろう。  それで、まだ小さかった頃、不安な夜はにーちゃんのベッドに潜りこんだ。にーちゃん、って不安げに呼ぶと、「いい子だね、大丈夫だよ、アキト」って優しくハグしてくれた。それからおれが寝つくまで、お話をしてくれたんだ。それは他に聞いた事の無いお伽噺で、たぶんにーちゃんが即席で作ったお話だったんだと思う。でもとっても面白くて、話が終わる事には不安な気持ちはどこかに行って、安心してにーちゃんの腕の中で眠れた。  今にして思えば、すごく弟に優しいにーちゃんだったんだろうし、それってとっても大変だったんだと思う。だからこそ、申し訳無かったんだ。にーちゃんを、こんな素敵な最高のにーちゃんを、性的な目で見てるって事が。  その時は冬休みだった。雪ならいいのに、雨が降っててすごく寒くて。ストーブの灯油代がもったいないし、いつものように、にーちゃんの部屋に押し掛けてた。  実家は閑静な住宅街ってやつの片隅にある、庭付き二階建てで、屋根がオレンジで壁が白い以外には取り建てて珍しいところもない、普通の家だった。二階の三部屋のうち、二つがそれぞれおれとにーちゃんの部屋で、隣同士だった。  当時にーちゃんは学校は卒業してたけど、就職は決まって無くて家にいた。にーちゃんはおれに対してオープンで、いつでも部屋に入れてくれたし、マンガも読ませてくれた。だからその日もにーちゃんの部屋で、一緒にマンガを読んで過ごしてたんだ。  その日の何が違ったのか、おれにはもう思い出せない。にーちゃんの部屋はいつも通り綺麗に片付いていたし、ベッドまでメイキングでもしたのかってぐらい整ってた。おれとにーちゃんはいつも通り白いカーペットの敷いてある床に座って、ベッドにもたれかかってマンガを読んでたんだ。  それで、その時読んでたマンガに、それなりにえっちな描写があったんだ。色っぽいお姉さんが、イケメンのお兄さんとねっとりしたエロ絡みをしてて、すごいディープなキスをしていた。歳も歳だし、それにもしにーちゃんと、って考えたら妙にそわそわしてきて、それで、ふと、今なら聞けると思っちゃったんだ。 「ねぇ、にーちゃん」  身体を寄せて、いつものように引っ付いてみる。「何だ?」と出会った頃よりはラフな言葉遣いになったにーちゃんが、マンガから目を離さないまま返す。 「にーちゃんはさ、ちゅー、したことある?」  にーちゃんはしばらく固まって、それからちらっと俺の顔を、持ってたマンガを見て、また自分のマンガに視線を戻した。それで「あるよ」って一言答えた。妙に時間がかかったから、もしかしたら嘘なのかなあ、って思った。本当だったらショックだけど、嘘だったらにーちゃんかわいい。弟の前で見栄張ってるにーちゃん。 「ホント? にーちゃん、大人なんだ」 「この歳だ、もうしてて当たり前だよ」  でもにーちゃんが彼女を連れてるところなんて見た事無いし、浮いた話も聞かない、きっちり時間通りに帰宅するような人で、遊んでる気配だって無い。にーちゃんはただただ、美人で最高に真面目で大人しい、優しいにーちゃんだった。  だから、カマをかけてみようと思ったんだ。 「じゃあ、にーちゃん、おれにキスの仕方、教えて!」  それにはにーちゃんも「えっ」って大きな声を出して、マンガも閉じておれを見た。すごく動揺しているみたいだった。 「おれもいつか好きな子とちゅーする時に、下手じゃ恥ずかしい! にーちゃん、いいやり方、教えて」 「ば、バカ、そ、そういう事は、その、教えたり、教えられたりする事じゃ……」 「見本でいいから!」 「み、見本って……あ、あのな、アキト、こういう事は誰かに教わったり、軽率にする事じゃなくて、……そ、それに僕らは男同士で、第一兄弟で……」  あんまりにーちゃんがうろたえてるから、俺は疑うような視線を向ける。 「……にーちゃん、もしかして……キスした事有るって、ウソなの……?」 「は、はあ!? ど、どうして……」 「だって、必死に誤魔化そうとしてる」 「ご、誤魔化してるわけじゃない、僕はただ、一般常識を……」 「ふーん、……じゃあにーちゃんが教えてくれないなら、クラスの子と適当にしちゃおうかなあ」  そう言ってみると、にーちゃんは大慌てで「そんなのはしちゃいけないっ」って言う。なんかかわいい。 「じゃあにーちゃん、教えて!」 「う、う……」 「一回だけでいいから!」  にーちゃんはすごく困った様子で、天井とか壁を見て、「い、一回だけだからな」って小さく言った。おれは内心ドキドキしながら「うん、して!」って素直に言って、待ってた。にーちゃんはすごく困ってて、落ち着かなくあちこちを見て、それから、顔だけおれに近付けて、触るだけのキスをしてきた。一瞬だけ触れたにーちゃんの唇は柔らかくて、なんだかドキドキが酷くなってくる。 「にーちゃん、早過ぎて判んない……」 「も、もういいだろ、一回だけって約束だ」 「それに、今のキス、なんか違う」 「は、はぁ?」 「ハリウッド映画でやってるみたいな奴、教えてよ」  よくディープなやつをやってるのを想像しながら言うと、にーちゃんはまた「ば、ばか」って言いながら首を振った。 「そ、そんな、そんなのは、それこそ恋人が出来てから、やる事で、そんな、兄弟でする事じゃ」 「やだ、今やりたい。それともにーちゃんはした事無いの? ディープキス」 「し、した事ぐらい有るよ、でも、兄弟でする事じゃ……アキト、ワガママばっかり言わないで、」  もう限界だった。ドキドキと好奇心と、必死に誤魔化そうとしてるかわいいにーちゃんと、それまで溜め込んできたにーちゃんへのムラムラが爆発した。おれはにーちゃんに覆い被さって、ちゅーしたんだ。 「んんーっ!?」  にーちゃんが目を丸くして暴れるのを、ぎゅーぎゅー抱きしめて離さない。途中息継ぎで口を離す度に、「アキト、や、やめ」って言ってたけど、無視してまたキスした。変に喋ろうとしていたから開いていたにーちゃんの唇を舌で割って、潜りこませる。にーちゃんはぎゅっと目を閉じて、時々抵抗したけど、そんなに力は入ってなかった。  逃げる舌を追い掛けて舌を絡めたり、唇を吸ったりしているうちに、おれもにーちゃんも息が上がって来る。にーちゃんの唾液とおれのが混ざって、時々くちゅっていうのもなんかエロいし、粘膜同士で触れあってる感じがすごく興奮した。もう、止められそうになかった。 「……っ、は、……っ!? あ、アキト!」  もぞもぞとにーちゃんの服の中に手を突っ込む。おれの手が冷えてたのか、にーちゃんの温かい肌に触ると、「ひゃあ!」ってにーちゃんは少しかわいい声を出した。 「な、何し、」 「にーちゃん、おれ、興奮してきた」 「な、ちょ、待っ……ア、アキト! だ、だめだ、そこはダメ……ッ」  ズボンに手をかけて、下着ごとずり降ろそうとすると、流石に手で押さえて抵抗して来た。でもおれだってその時は頭の中がソレでいっぱいで、どうにも止められなかった。本気で嫌ならにーちゃんだって、俺を殴ってでも必死で抵抗するだろうと思った。そのまま力押しでずり降ろすと、にーちゃんは「わあ!」ってでかい声を出した。隠そうと手を伸ばして来たけど、それを振りはらって、「にーちゃんの、おっきい」って呟いたら、顔を真っ赤にしてる。ああもうだめ、止まんない。  自分も下着をずり降ろして取り出すと、おれのを見てにーちゃんが目を丸くした。勃ってたからかもしれない。ぎゅっと抱きついてすり寄りながら、「にーちゃん擦りっこしよ」って言ったら、「えっ、え……っ」ってにーちゃんは戸惑ってた。おれが思ってたよりずっとにーちゃんは初心なのかもしれなかった。  恥ずかしがってるのが可愛かったけど、おれももう我慢出来なかったから、返事を待たずににーちゃんのとおれのとをひっつけて、一緒に扱いた。にーちゃんは「なっ、何して、」ってうろたえてたけど、「にーちゃんも擦って?」って耳元で言ったら、耳まで真っ赤にしながら、おずおず片手だけ添えて来た。もう片方の手は、抵抗なんだか、おれの肩に。  二人のがひっついて、熱かった。一緒にくいくい擦ってると、にーちゃんのもだんだん硬くなってきて、お互い息が上がって行く。出来るだけ密着して、「にーちゃん」って耳元で呼んだら、にーちゃんがぶるぶる震える。にーちゃんはぎゅっと目を閉じて、ずっとうつむいてた。すごく可愛い、たまんない。  お互いに濡れてきて動かすのも楽になって来ると、にーちゃんが「は、」って熱い息を漏らす。くちゅくちゅいい始めて、にーちゃんも気持ち良くなってるんだ、と思ったらすごく嬉しくて興奮してくる。しばらくすると、「も、やめ、ろ」って言うから、あぁ出そうなのかなって無視した。おれももうそろそろだった。 「やめ、兄弟で、こんな、も、ダメって、言って……ッ、はなし……っ」  ぐいぐい扱いて、自分じゃヨすぎてあんまり触らない先っちょを撫でたら、にーちゃんはびくびく震えながら、「アッ」って悲鳴を上げて出した。それがあんまり可愛くて、おれもつられて出す。頭が真っ白になって、はぁはぁ呼吸しながら余韻に浸ってると、ドンってにーちゃんに突き飛ばされた。  にーちゃんにそんな風に扱われたのは初めてだった。急に色んな物が醒めて、びっくりしてにーちゃんを見ると、顔を手で覆って泣いてた。 「にーちゃ……」 「出てけっ」  にーちゃんが小さな声で言う。怒らせた。泣かせた。でもどうしたらにーちゃんは許してくれるだろう。ごめん、にーちゃんって言っても、「出てけっ!」って怒鳴るばっかりで、おれはどうしていいか判らなくなって、自分の部屋に戻るしかなかった。  おれの部屋は冷え切ってて、それに、にーちゃんに嫌われたかもしれないって思うと背筋も頭も冷え切った。どうしよう、ってそればっかり考えたけど、何にも思い浮かばない。あんなに素敵で優しいにーちゃんなのに、嫌われたくなかった。一時のムラムラに任せて、しちゃいけない事をしちゃったんだと思って、おれまで泣いてしまった。  そしてそれから三日後、にーちゃんは実家を出て行ってしまったんだ。

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