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上野四信強制ランチタイムイベントを乗り越え、おやすみタイムという名の午後の授業終了。さて、まっすぐ帰ろうと立ったしゅんかん、なっちゃんに捕まった。
「おうちゃーん、カラオケ」
「いやだ」
「まだ言いきってないんだけどー」
「てんびん座は最下位だからおとなしく帰る」
なっちゃんは大きな口からわざとらしいほどに大きなため息を吐いた。「やれやれおうちゃんったら」演技かかったセリフを言いながら、オレンジとピンクが混ざり合った猫っ毛を撫でつける。強制はしない、だけど来てくれたらうれしいんだけどな。そんな雰囲気を漂わせるなっちゃんは、しんそこずるい。
そういえば入学式の日も、今日と同じようになっちゃんに捕まった。正直言って、ヤバイやつだと思った。だって、オレンジとピンクが混じったふわふわの髪色で、グリーンの瞳。やさしげなタレ目が逆にヤバさを際立てている気さえした。関わったらいけない人だ。クスリを売られる。大真面目にそう思ったけど、なっちゃんは俺の予想をおおいに裏切ってくれた。「俺、幼稚舎から百花なんだー、きみは違うっしょ? わかんないことあったらなんでも聞いてよ、俺、本郷七緒 よろ!」ぐいぐい来るのに、それが心地いい。圧がなくて、ひたすらやわらかい。まるでわたあめだ。俺は出会って二分でなっちゃんに陥落した。上野四信にたいしては出会って二秒で拒絶したのに、この差はなんだろう。いまだにわからない。
「ヒトカラも楽しいよ、楽しいけどさ。おうちゃんと一緒だともっと楽しいわけですよ」
「いっちゃんとみっちーは誘わないの。四人で行ったほうがもっと楽しいよ」
なっちゃんは「もちろん二人も誘う! 二人掃除当番だからライン送っとくわー四人でカラオケ祭りじゃーい」と嬉しそうに笑った。
なっちゃんはラッキーボーイだ。俺のアンラッキーを吸い取ってくれるラッキーボーイ。なんてへらへら油断したのがいけなかった。
部屋について、二、三曲歌って、トイレに行こうと席を立ったのがいけなかった。一人でトイレなんて行くものじゃない。なっちゃんについてきてもらえばよかったんだ。そうしたら、JKとぶつからずにすんだ。ぶつかった拍子にJKのグロスがべったり俺のシャツにつかずにすんだ。「クリーニング代弁償させて!」「だめならカラオケ代奢らせて」「それともカフェ行く? アタシ奢るよ」「じゃあさ、ラインのIDならよくない? ねぇ、だめ?」怒涛の口撃にもあわずにすんだのに。
そういえば上野四信に会ったのもトイレに行こうとしたときだ。今日はトイレに行っちゃいけない日なのかもしれない。
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