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JKが甘ったるい猫なで声でなにか言うたびに「はぁ」と肯定とも否定ともとれない適当な相づちを打つ。
早く俺という存在に飽きてくれないかな。それかなっちゃんが「遅いから心配になって来ちゃった!」って彼女的ノリで迎えに来てほしい。いっこくもはやくこの状況から抜け出したいけど、そうするすべがない。勇気がない。「ちょっと忙しいんで」の一言さえ言えない。
「信じられないかもしんないけど、一目惚れしちゃったの。だから、その、ラインのIDだけでいいの、だめ?」
ヒトメボレ。そういうお米のブランドあったよね、白米が食べたい。
うっかり現実逃避してしまうほど、一目惚れという単語はピンと来ない。だって、この俺だ。自信がなくて、言いたいことが言えなくて、猫背で、「あんた、情けない性格が顔にでてる。マジないわ」とさんざん姉貴に言われてきた大男に、スクールカースト上位に見えるJKがヒトメボレ。ありえない。
もしかして罰ゲームか。部屋からでて一番最初に出会った異性に告白してこい、みたいなやつか。異性を浮かれさせて、だまして、SNSで拡散するのかもしれない。そういうの、ほんと、無理。
「あれ? 旺二郎じゃねーか!」
底抜けに明るい声が廊下に響く。いつもだったら、げんなりする声が、いまは、いまだけは、救世主に思えた。「今日のラッキーアイテムはランドリーバスケット!」女子アナウンサーの甲高い声が頭の中をかけめぐる。バスケット。バスケットボール。バスケ部。上野四信。今日のラッキーアイテムは、上野四信だった? まさか。そんなわけない。だって、上野四信は俺にとって、天敵みたいなものだから。
「旺二郎はヒトカラとかしなそーだよな、あれだろ、七緒とかもいんだろ? 俺バスケ部連中で来たんだけどよー、人数多すぎて順番ぜんぜん回ってこねーの、そっち行ってもいい? マイクの奪い合いでやべーんだわ、デンモクも足りねーしよー」
JKがいるのもおかまいなし、上野四信はベラベラとしゃべり倒す。いつもだったらうんざり、げんなりするのに、いまはひたすらありがたい。上野四信がありがたくなる日が来ようとは。
「ちょっと今アタシが喋ってるんだから邪魔しないでよ!」
間に挟まれたJKが上野四信のほうに振り返り、キャンキャンと小型犬のように怒りだす。さっきまでの猫なで声はどこへいったんだ。
「おー、悪い! お前も旺二郎と話してたのか、気がつかなかった!」
ほんとうに、これっぽっちも気づいていなかった。上野四信は心からそう思っているように、驚いた顔で俺とJKを交互に見つめる。「旺二郎の知り合い? カワイイ子だなー、俺旺二郎のパイセンだから、俺とキミはもうトモダチってわけだ」コミュ力オバケ上野四信の謎理論。さっきまでキャンキャン怒っていたJKも、上野四信のリア充オーラにやられたのか、笑顔になっていた。
「トモダチだから言っちゃうけどよー、俺も旺二郎もトイレに行きてえわけよ。行ってもいい?」
「あ、そうだよね、ゴメン! アタシ自分のことしか考えてなかった」
やっぱり、今日のラッキーアイテムは上野四信。圧倒的コミュ力で俺を助けてくれている。JKは道をゆずり「ありがとなー」と上野四信が俺のとなりに立つ。いつもだったら上野四信がとなりにいたらうんざりするのに、いまだけは心強い最強セコム。
でも、俺たちがトイレからでるまで待っていたらどうしよう。ライン交換してないから待ってたなんて言われるかもしれない。上野四信のことだから「俺も旺二郎とライン交換してねえんだよ! 三人でグループ作っちゃう?」なんてことになりかねない。地獄だ。
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