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「……なんで、ここまでしてくれるんですか」  必死にしぼりだした声は情けないほどに小さかった。だけど、俺にとっては大きな一歩だ。  上野四信はシャツについたグロスをティッシュでおさえながら「お前が目の前にいたから声かけただけ。俺はなんもしてねえよ」じつに上野四信らしい答え。あんたって人はどこまでも上野四信だ。俺の負けだ。勝負をしていたわけでもないけど、完敗だ。 「……ラインのこととか、いまこうしてグロスをとってくれることとか、ぜんぶ、ありがとうございます」  ゆっくり頭を下げると、肩にシャツがかけられる。「そんなにあらたまるなよ。俺なんもしてねえし。旺二郎だって目の前に俺がいたら声かけるだろ」かけません。心の中でそう言って目をそらすと「心の声聞こえてんぞ!」と上野四信はゲラゲラ笑った。  シャツを羽織り、ボタンを止める。すごい。グロスがどこについていたのかよくわからないレベルだ。やっぱり、今日のラッキーアイテムは上野四信だったんだ。 「なあ旺二郎」 「……なんですか」 「お前はもっと笑っていこうぜ」  いきなりなに言ってんだあんた。  なんども瞬きをしていると、ふいに視界に入った上野四信の指が俺の頬に触れる。いきなりなにするんですかと目でうったえても上野四信は知らん顔で、俺の口角をむりやり上げるのだ。 「むりやりでもなんでも笑う門には福来る、だからなー。よっ! 歩く彫刻!」  歩く彫刻って怖すぎ。褒められているのか、ディスっているのか、上野四信のことだから、きっと褒めているのだろうけど、あまりのパワーワードに自然と笑っていた。あのJKともものの数秒で打ち解けていたし、コミュ力オバケおそるべし。 「やっぱり笑ったほうがいいじゃねえか」  あいかわらずまぶしすぎる白い歯を見せて、上野四信は笑った。  上野四信は出会った日からなんにも変わらない。いつだってぐいぐい来る。背中をバシバシ叩くし、肩に腕を回してくる距離感ゼロ男だ。そういうところほんとにない、無理だと思っていたはずなのに。ほんのすこしだけ上野四信に心を開いている自分がいた。 「旺二郎ライン交換」 「それはちょっと」 「まだ言い切ってねえんだけど! 食い気味かよ!」  いつもだったら不快でしかないゲラゲラ声。いまはそれほど不快ではない、むしろほんのすこし心地いいくらい。ライン交換してあげてもよかったかもしれない、なんて思うほどに。悔しいからまだライン交換はしないけど。

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