8 / 96

07

「旺二郎、あまりに遅いから迎えに来てやったぞ。腹でも壊したのか……上野じゃないか」  トイレからでたしゅんかん、あまりのまぶしさに頭がくらくらした。四月から毎日見ている顔なのにちっとも見慣れない。ミュシャの作品から抜け出してきたような美の権化が目の前に立っていたら、誰しもがそうなる。たった十五年しか生きていないけれど、俺の人生史上もっとも美しい人間は、これから先もずっと白金三千留(しろかねみちる)だろう。男だとか、女だとか、そういったものを飛び越えた美。俺が歩く彫刻だというならば、みっちーは歩く絵画だ。 「三千留今日も眩しいなー、あまりの眩しさに目潰れそうだわ!」  美の権化みっちーであろうと、背中をバシバシ叩く距離感ゼロ男おそるべし。上野四信の前では美の権化だろうと、なんだろうと、おかまいなし。人類みなトモダチ! なんて言いそうだ。 「これでもお前たちの目が潰れないように美しさを調節してやっているんだぞありがたく思え」 「どこらへん調節してるのみっちーの美しさ自重して」 「このブレザーを着ていることで俺様の美しさが抑えられていると思っていたが」 「ぜんぜん抑えられてねーよ! むしろ増してんじゃね?」 「没個性なブレザーを着てもなお俺様が美しすぎてすまない」  みっちーはサラサラした金色の髪を揺らし、海に似た青い瞳を細める。みっちーがまぶしすぎて目が潰れたとしても「それはすまない慰謝料を払おう」と平然と言ってくれそうだ。ネタではなく、本気で。 「それで旺二郎と上野はトイレでなにをしていたんだ」 「ばったりトイレの前で会ったんだよ。それでライン交換しようぜーって言ったら断られた」 「旺二郎を困らせるな。上野はフルスロットルで旺二郎に迫るが、それじゃあ旺二郎の心は開けないぞ。旺二郎も嫌なら嫌と言え。言えないのなら俺様がかわりに言ってやる」  みっちーはいつだってブレない。暴君ではなくて、自分の大切な人をしっかり守る。そうして、すべての頂点に立つ。それがみっちー節だ。  一人称が俺様な時点でなっちゃんよりヤバイやつだと思ったけれど、なっちゃんの幼なじみという補正を抜きにして、みっちーという人物を尊敬している。 「そうだな、俺ももっと自重すべきだよなー、でも旺二郎がいるとなーんか構いたくなるんだよ」 「それはわかるが」 「だろー!」  わからない。ぜんぜんわからない。俺を置いてけぼりにして、上野四信とみっちーがわかりあっている。「旺二郎のことは俺様が守らないといけないという気分になる」「わかるー」「庇護欲をそそる男なのかもしれない」「それな!」二人が俺のことを話しているのか、俺ではない旺二郎という男について話しているのか、さっばりわからない。あまりにわからないからそっと部屋に戻ろうとしたら右手を上野四信、左手をみっちーに掴まれる。いまなら逃げられると思ったのに、歩く絵画とコミュ力オバケめざとい。

ともだちにシェアしよう!