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「おうちゃーん、いっくーん、なーに話してんの! ちるちるリサイタルに集中して!」  なっちゃんは動画を撮り終えたのか、いっちゃんがいつのまにか離していたタンバリンを全力で振りながら俺たちに視線を向けてくる。いっちゃんのてきとうなタンバリンさばきと違って、なっちゃんは上手い。タンバリン職人になれそう。 「三千留様ー、コッチムイテー」 「いっくん棒読みがすぎる!」  いっちゃんの棒読み具合に笑って、それにしっかり答えるように投げキッスするみっちーにまた笑って、今日は一日アンラッキーというのはうそだったなと心から笑った。終了時間十分の電話がかかってくるまで主になっちゃんとみっちーが歌い倒した。 「あれ音八パイセンちぃーっす、この時間帯にシフト入るの珍しいっすね」  お会計のためにロビーに行くと、接客業とは思えないほど気怠げな顔をして受付に立っていたのは、月島音八(つきしまおとや)。なっちゃんのバイト先だから、なんども顔を合わせているけれど、俺はこの人がなんとなく苦手だ。  赤い髪はいかにもチャラいし、覇気のない黒い瞳はひたすら怖い。やる気のなさそうな平行眉は細くていかにもヤンキー風。きれいな作りをしているのに表情はどこまでも冷たい。チャラくて、ヤンキーで、美人。二秒で逃げたくなる。なっちゃんの先輩だとわかっていながら、俺はこの人とうまく目を合わせることができない。たぶん、きっと、友だちになれないタイプ。 「本郷、バイトねぇ日までバイト先来るとか正気かよ。俺はピンチヒッターだよ」 「社割あるしいいじゃないっすかー、そーいう音八パイセンだって来るっしょ」 「アホかよバイト先には来ねぇだろ、系列店行くわ」  なっちゃんはアホじゃありません。  そう言いたいけど、月島音八が怖くてなにも言えない。情けない。なっちゃんごめん。  俯きながらなっちゃんの顔をうかがうと、なっちゃんはまったく気にしていない。いつもどおり笑っている。なっちゃんはいつだってそうだ。一ヶ月ちょっとのつき合いだけどわかる。なっちゃんはどんなにいやなことを言われても笑顔で飲み込む。ほんとに強い人。 「音八パイセン意外とシャイかよー! じゃあお会計よろっす!」 「シャイじゃねぇよ。お会計は百万円でーす」 「今日は安いっすねー、はい、百五十万!」  俺はこんなふうに笑えない。なっちゃんってほんとすごい。  なっちゃんの横顔をじっと見つめながら、月島音八になにかしらバチが当たりますようにと願う俺はほんとに小さい男だ。  会計をすませ、なっちゃんと一緒に店からでる。先に店をでていたみっちーといっちゃんが誰かと話していると思ったら、まさかの上野四信。上野四信とエンカウント率高すぎるだろ。 「ちゃんしーパイセンじゃーん! なにしてんすか!」  ちゃんしーっていつ聞いてもキョンシーっぽい響きだ。なっちゃんのノリだから許される響き。  上野四信がみっちーたちに向けていた視線をこちらに向け「よー七緒! 旺二郎もさっきぶり! 三千留たちとばったり会ったから美しさ拝んでたとこ!」と大きく手を振ってくる。なっちゃんはそれに答えるようにぶんぶんと手を振り、上野四信に近づいていく。  俺もいつか、なっちゃんのように手を振り返せるようになるだろうか。コミュ力低すぎてとうていできそうにない。できたとして、気づかれないように、ほんのすこしだけ手をあげるとか。それで気づかれたら恥ずかしいな。気づかれなくてもちょっとむなしい。やっぱり俺にはそういうことは無理だ。なっちゃんみたいになれない。  ゆっくり視線を上野四信に向ける。なっちゃんたちと楽しげに話していた上野四信が、俺の視線に気づいたのか、黒い瞳を細めて優しげに笑った。  あんた、そんな優しく笑えるんですね。ちょっと、ほんのちょっとだけ、ドキッとして、なんで俺ドキッとしてるんだ? と首をゆるく振る。うん、いまのは気のせい、なかったことにしようと頷いて、ゆっくり上野四信のほうへ近づく。「……どうも」俺なりのせいいっぱいの挨拶をして、軽く頭を下げる。 「旺二郎が挨拶してくれたから今日は挨拶記念日!」  あんた、やっぱりバカですね。挨拶しただけで、そんなに喜ぶなんて。心の中でそう呟きながらも、上野四信があまりに嬉しそうだから、こんどからは挨拶はしてあげようと決めた。手はまだまだ振り返せそうにないけど。

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