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「旺二郎に心配かけるなんて教師も兄貴失格だな」
「兄貴失格なわけない、俺の自慢の兄貴だよ」
姉貴にぐちぐち言われて泣いていた俺を守ってくれた。中学二年の時、初めて出来た彼女に「旺二郎くんはいつまでたってもキスしてくれない」と振られて泣いていた俺に寄り添ってくれた。いつだって俺の味方でいてくれる。今日だって「体育祭でたくない」とうじうじ言ったら、兄貴は一生懸命俺に向き合ってくれるだろう。でも、それじゃあだめだ。兄貴離れしなくちゃ。
「俺も自慢の弟になれるように、頑張る」
だから見ててね、兄貴。
せいいっぱいの強がりで口角を上げる。兄貴は黒い瞳をうんと細めて「旺二郎強くなったな」と笑ってくれた。ちっとも強くないけど、兄貴に言われると、強くなった気がしてくる。
「神谷兄弟って本当に仲良しなんですね。旺二郎はいいね、神谷先生みたいな素敵なお兄さんがいて」
ブラコン決めていたところを友だちに、しかもいっちゃんに見られるとか最悪だ。
トイレの個室からしれっとした顔ででてきたいっちゃんは「神谷先生って弟さん思いですね」と優等生顔で兄貴の耳元に囁く。対教師向けの顔を作っているいっちゃんには見慣れているのに、なんでだろう、心がざわざわする。ほかの教師と、兄貴にたいして、ほんのすこし違う気がするのは、俺がブラコンだから? いっちゃんの囁き方が、口角の上がり方が、なんだか、えっちだ。教師にたいしてのそれじゃない。もしかして、いっちゃんの存在がえっちなだけか。だっていっちゃんだし。「広尾くんって優等生なのに、それだけじゃないっていうか、色気すごくない?」と女子が噂するいっちゃんだし。
「兄が弟を思うのは当然だ。もちろん生徒のこと、広尾のことだって大切に思っているし、いつも感謝している」
俺は兄貴の弟で、生徒だから、二倍大切にされているってわけか。俺ってラッキーだとしみじみ頷いていると、いっちゃんが口元を手で覆い隠していた。どうしたのいっちゃん気持ち悪いのと顔を覗き込む。「旺二郎もだけど、神谷先生も天然たらしなところあるよね」天然たらし、なんのことだろう。
「それじゃあ二人とも張り切りすぎて無理だけはするなよ――赤組を心の中でこっそり応援しておくな、みんなには内緒だぞ」
兄貴は人差し指をそっと唇に当てて、穏やかに微笑むとトイレからでていった。
そういう仕草、女子生徒の前でしたらものすごく騒がれそう。もしかしたら、こういうところが、天然たらしってやつか。いっちゃんが言うんだから間違いなく兄貴は天然たらしだ。俺はぜんぜんちがうけど。
「いっちゃん、俺たちも行こう……どうしたのいっちゃん、耳まで赤いよ」
いつでも余裕の表情を浮かべているいっちゃんが眉尻を下げ、耳まで赤く染めている。こんないっちゃん、見たことがない。やっぱりどこか具合が悪いのと背中を撫でる。優等生だからって無理しなくてもいいのに。
「効果は抜群だって気分だよ。二秒でいつもの僕に戻るから安心して……いち、に、はい、いつもの僕に戻ったでしょ」
黒縁眼鏡を押し上げるいっちゃんはたしかにいつものいっちゃんだ。赤いハチマキを頭に巻いても美少年っぷりが失われないいっちゃんクオリティ。
「うん、いつものいっちゃんだね。今日はほどほどに頑張ろうね」
「借り物競走でイケメン眼鏡って書いてあったら僕のところ来ていいからね」
そっこーで向かう、イケメンだけでも向かうよ。どうか簡単な借り物でありますように。
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