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「おうちゃん、ちゃんしーパイセンとなんかあった?」  ラインを交換したわけじゃない、名前すらいまだに呼んだことがない。だけど、ほんのすこしだけ、上野四信の存在がいやじゃなくなった。はたしてそれを、なにかあった、にふくめていいのだろうか。 「……わかんない」 「そっかぁ、でも俺にはわかるよ」  俺にわからなくて、なっちゃんにはわかる。さすがエスパーなっちゃんだ。「おうちゃんとちゃんしーパイセンは仲良くなれると思う」なっちゃんは緑の瞳をやわらかく細めて笑う。  俺が、あの人と、仲良く、かぁ。リア充集団バスケ部を束ねる部長。どこまでもキラキラした人気者。どこまでも俺とはふつりあいだ。少女漫画では学校一のイケメンと地味な主人公が恋をするのがお決まりだけど、現実はキラキラしたもの同士しか仲良くならない。キラキラしていない俺が、上野四信と仲良くなっていいのか? 「ちゃんしーパイセーン! 一位よろー!」  上野四信の順番が回ってくると、なっちゃんが大きな声を上げる。場内に響くのは上野コール。  この中なら俺がいくら叫んでもまぎれて消えそうだ。それなら、こっそり叫んでもいいかもしれない。小さく唇を開いたしゅんかん、上野四信と目が合った。わっと俺の後ろにいた女子がわく。「目合った!」「いやあたしだから!」「絶対ちがうからー勘違いおつー」やばい。俺も女子とおなじで勘違い野郎だ。恥ずかしい。小さく開いた唇をゆっくり閉じる。上野四信はもうゴールしか見ていない。やっぱり、俺なんか見てなかった。  パァンと銃声が鳴った。上野四信は風のようにビュンビュンと、あざやかに駆ける。誰も上野四信に追いつけない。あっという間にゴールテープを切り、場内はふたたび上野コール。まぶしい。まるで、上野四信が世界の中心みたいにまぶしかった。 「ねぇおうちゃん、ちゃんしーパイセンはこれでもかってくらい眩しいけど、おうちゃんも眩しいよ。むしろおうちゃんのが眩しいまであるから。まだまだ眩しくなれるんだからね、おうちゃん次第で」  あの上野四信より、まぶしくなれる? そんなわけない。だって、俺は帰宅部だし、運動はそこまで好きじゃなくて、かといって勉強も得意じゃない。絵を描くことと、陶芸が好きだけど、アート系に特化しているわけじゃない。なんにも持っていない。何者でもない。ただの神谷旺二郎だ。  だけど上野四信は、世界の中心でキラキラしている。みんなの上野四信だ。 「徒競走の次は借り物競争だったな。旺二郎行くぞ」  みっちーに肩を叩かれ、ほんのすこしだけほっとした。なっちゃんの言葉にどう返したらいいかわからなかったから。「うん、いま行く」ゆっくり席から立ち上がる。なっちゃんはどこまでも優しい緑の瞳を俺に向けてくれているのに、俺ってほんと情けない。

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